一人で春を迎える君へ

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一人で春を迎える君へ

風が冷たくなり、木は灰色の葉をすっかり落としてしまった。得意先に注文の品物を届けたところ、滋養になるからと卵の菓子をもらった。ふわふわ黄色のカステラだ。工房で仕事をするシカに土産を届けたら、迷惑そうな顔をされた。 「いらないから。クマが食べれば」 「そう言わずに!美味しいんだよ?」 「自分の心配をしなよ」 シカはそっぽを向く。甘いものは嫌いではないのに、冬眠を控えた私に食べさせたくてそういうことを言うのだ。仕方がないから長い作業机のはじに置いた。晩、カステラは手を付けられずに残されていた。もったいないから、結局私が食べた。 シカと私は二人で道具屋を営んでいる。近所の仲間のために簡単な日用品を作る、ささやかな商売だ。シカは腕のいい職人なのだが、職人にありがちな気難し屋で、人付き合いを苦手としている。対する私は世話好きで少々お節介らしい。だからシカが作る担当、私が売る担当なのだ。 シカと出会ったのは数年前の冬。その年、私は空腹のために冬眠の途中で目が覚めてしまった。音のない真っ暗な夜、この工房だけ明かりがついていた。夢中で転がり込むと、痩せ細った体に目だけギラつかせて道具作りに没頭するシカがいた。食材だけは山積みにあったから、台所を借りて食事を作り、倒れそうなシカを机から引きはがして二人で鍋を囲んだ。シカの食器は私には小さくて何杯もお代わりした。シカはやつれた目で不思議そうに私を見つめていた。そして冬が去っても、シカと私は一緒に暮らした。 今年三度目の雪が降る夜、ついにあらがえない眠気がやってきた。たくさん食べて、肉をたくわえて、私の体の準備はできている。今回は春まで起きずにいられるはずだ。 心残りの細い背中を眺めた。冬の間、どうか元気で過ごしてほしい。いつもつれない態度でも、君は本当は寂しがりやだ。体はそばにあっても、話すことはできないのだ。余計に辛いことだろう。 「困ったときはお隣のタヌキを頼ってね。よろしく伝えてあるから。…向かいのヤマネは…多分冬眠、してるから、起こしちゃ…だめだよ」 「わかった」 「……私は、絶対、起きるから……シカ、春まで元気で…」 部屋の中は、シカの作った灯りで暖かだ。橙色の光が眠気を誘う。 「…早く、寝れば」 「……ふふ、……おやすみ」 眠りに落ちる間際、君は泣きそうな顔をしていた。大丈夫、君を慰める黄色いふわふわを作っておいた。いつかに君が譲ってくれた分だ。春になったら感想を聞かせてくれると嬉しい。
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