2 睦月 ②

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2 睦月 ②

いつもの様にほんの僅かに開く窓の外に覗く街の景色は、何処か薄暗い光に照らされていた。 見上げた空は少しどんよりとしていて、そんな空に包まれた町も同じ様に灰色に染まり、時折行き交う人々は俯き足早に過ぎ去って行く。 …?……どうしたんだろう? 人影の無くなった道をぼんやり見下ろして居ると、不意に小さな白い花びらの様な物が視界を翳めた。 花…?空から…? 見上げた空一面から、ひらひらと舞い落ちる白い花びら。 窓の外に辛うじて伸ばした指先に触れた白い花びらは、途端にひんやりとした感触を残して儚く消えた。 冷たい……あぁそうか、また雪の季節が来たんだ… 本でしか見た事の無かった雪を初めて見たのは何時の頃だっただろうか その儚い姿に、何時だって何故か切ない様な悲しい気持ちになる。 その小さくか弱い存在を消すまいと、伸ばした手を引っ込めただジッと見つめる。 ふと、窓の下に誰かが立って居るのに気づく。 同い年ぐらいの、白に近い金髪の男が道の真ん中に立って居る。 空を見上げるその両目は閉じられたままだ。 ……?…何を…してるんだ? 男が目を閉じたまま徐に両腕を広げた。 まるで空を抱き締める様に、舞い落ちる雪を受け止める様に… その姿に目が釘付けになる。 男から視線を逸らす事が出来ない… どんな目をしてるんだろうか? こっちに…俺に……気づいて… 不意に男が目を開けた。 ゆっくりと瞼が持ち上がりその下から黒い瞳が覗いた瞬間、目が合った様な気がして慌てて窓から離れる。 膝を抱える様にして蹲り、両手で口を覆う。 『キミは他人と会ってはいけない』 呪詛の様に毎日聴かされる言葉が頭を過り、訳の分からない恐怖がジワリと心を侵蝕する。 膝に頭を押し付けると、震える身体を抱き締める様に小さく縮こまった。 「今日誰かと会ったか?」 「…此処に居て誰と会える?」 「今朝何を見た?」 「……」 「何故答えない?」 全身を白い防護服で包んだ連中の一人が、分厚い手袋を嵌めた手で俺の顎を掴む。 お前達は俺の問いに答えないのに、どうして俺がお前達の質問に答えなきゃならない? 黒いゴーグルの向こうの見えない目を睨む。 「答えなくても別に構わない」 「…?」 「誰か薬を」 「っ!」 「抑制剤を投与しろ」 連中の中から手に注射器を持った奴が近づいて来る。 その背後には、赤い帽子を被り銃で武装した男達の姿も見える。 「イヤだっ!!ヤメろっ!!」 「暴れるな!押さえつけろっ!」 頭を腰を、手足を背中を押さえつけられ、どんなに暴れ様とも逃げる事はおろか身動き一つ取れないままシャツの袖を捲り上げられると、腕にチクリと痛みが走る。 力を暴走させるよりも先にぼんやりと霞んで行く意識の中、朝見た金髪に白い肌の男の目を思い出していた。 もう一度、あの瞳を見たい… 薄れ行く意識の中、それだけを願った。
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