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3 如月 ①
昨日偶々通りかかった道を、今日は意図して歩いてみる。
大きなビルが建ち並び、それ等が途切れると然ほど高くない街路樹が続く。
その先に窓の少ない寒々とした、いかにもな建物がある。
噂でセンチネルの研究施設だと言われているが、あながち嘘では無いだろうと思う。
今までにも何度かこの道を通った事があるけど、微かに悲鳴にも似た声の様にも聞こえる音を聞いた事があったから…
自分がガイドだと知ったのは十歳になったばかりの頃だろうか。
時々他人の強い感情を伴う心の声が聴こえる事に気づいた。
ガイドは暴走したセンチネルの力を、肉体的にも精神的にも抑制する能力がある。
ただし対処できるのは一人だけ…つまり一人のセンチネルにペアとなるガイドが一人だけ存在するという事だ。
この社会でガイドである人間は何かと優遇される事が多いが、俺自身はあまりガイドである事を公にはしたくなかったし、して来なかった。
俺達ガイドが優遇される陰で、傷付けられているセンチネルが必ず存在する…
それがどうしても許せなかった。
まるで自分が狡い生き物の様に思えて…
昨日この道を歩いていると雪が降って来た。
昔から雪を見るとこんな自分を隠して欲しくて、両手で舞い落ちる雪を受け止め様とした。
だから昨日も、いつもの様に立ち止まり両手を広げて降る雪を全身で感じていた時だった。
声が聞こえた。
『…俺に……気づいて…』
それは、今までみたいな強い感情を伴った叫び声の様な物とは違っていて、呟く様な囁き声の様な小さく静かな声だった。
閉じていた目を開けると、吸い寄せられる様に視線が一ヵ所へと向かった。
寒々としたコンクリートの建物の上階に、ほんの僅かに開いた窓があった。
その隙間から金髪と片目が見え、その人の心の声だと何故だか分からないけど確信があった。
昨日声を聞いた辺りで立ち止まり、人影が見えた窓を見上げる。
今日その窓は閉まっていた。
「あの」
突然声を掛けられて振り向くと、坊主頭のそんなに変わらない年頃の青年が何の警戒心も抱いていない風に、此方にも何の警戒心も抱かせない様子で立って居た。
「いきなりですみません。もしかして……貴方はガイドですか?」
「そう…だけど…、君は…」
俺にニッコリ笑ってから
「僕はスピリットで息吹といいます。貴方に会って欲しい人が居るんです。一緒に来て貰えませんか?」
そう言って真っ直ぐに俺を見る彼に、無言で頷いた。
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