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4 如月と睦月 ①
息吹に従ってコンクリートの建物の中を歩いて行く。
誰もが俺達を振り返り驚いた様子でヒソヒソと何かを話しているけど、息吹は気に留めるでもなく前を歩いて行く。
エレベーターを降りて向かった先は、多分さっき俺が見上げていた窓の部屋だろう。
「睦月、入るよ」
鉄製のドアをゴンゴンと鳴らすと息吹が声を掛けてからゆっくりとドアを開けた。
ギイッという重い音がして開いたドアの向こうにベッドが見えた。
「睦月、寝てるの?」
ベッドの傍まで歩み寄った息吹が、その上で膨らんだシーツに手を掛ける。
膨らみがビクリと揺れると同時に、幾つもの感情が俺の中に流れ込んで来た。
怖れ、不安、戸惑い…そしてそれ等を凌駕して余りある孤独と絶望
今まで感じる事の無かった繊細な心の揺れさえも、手に取る様に伝わって来る。
息吹の所まで歩いて行くと、そっと手を伸ばしてその額に掛かる美しい金色の髪をさらりと撫でる。
「大丈夫だよ、もう…独りじゃないから」
ビクッと大きく震えた体が跳ねる様に起き上がった。
「大丈夫だよ、もう…独りじゃないから」
額に掛かっていた髪に触れる指先の感触に電気が流れた様に全身が痺れ、脳内に響いた柔らかい声に体の奥が熱くなった。
反射的に跳ね起き振り返った先に居たのは、白に近い金髪に白い肌の…あの男だった。
「……ど…して…」
「彼…息吹に会って欲しい人が居るって言われたんだ。俺は如月、…貴方のガイドだ」
「…っ!」
思わず目を瞠る。
“如月” と名乗った男がベッドの端に腰かけ、同じ高さの目線で真っ直ぐに俺を見た。
「ガイドについては知ってるよね?」
無論知っている。
この部屋に閉じ込められてからも最低限の教育は受けて来たし、息吹も何度となく教えてくれた。
けれど俺にガイドなんて居ないと、会える事など無いと思っていた。
センチネルの能力を抑制できる事は勿論だけど、ガイドは存在自体が貴重なのだ…
抑え切れない全身の震えに必死で唇を噛み締め、ギュッと目を閉じる。
「…怖がらないで、俺はこれからずっと傍に居るから」
ふわりと両の頬を包み込む温もりに、全身をも優しく抱き締められた様に感じる。
「昨日聞こえたんだ。 “気づいて” って…俺のコト呼んでくれたよね?」
恐る恐るゆっくりと目を開けると、穏やかな光を湛えた瞳が俺を見ていた。
「……オ、…レはっ…」
「直ぐに分かったよ。俺にとって必要な人だ、俺を必要としてくれる人だって」
「違う」と言おうとして、言葉に詰まる。
本能的に理解している。
この男が居ないと俺はセンチネルとしての能力を制御できないと。
けれど怖いのだ…父が去り母を失った様に、この力の所為で彼もまた俺の傍から居なくなってしまうんじゃないかと。
なのに……それ以上に心と体が彼を、如月を欲していて…
「…名前、…教えて」
如月の腕の中にそっと抱き寄せられる。
それだけで、心も体も甘く痺れゆっくりと溶けて行く様で……涙が溢れた。
「………む…つき…」
「ムツキ……睦月、…やっと会えた、俺の睦月…」
俺を包む腕に力が籠められるのが分かって、如月の背中を強く抱き締めた。
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