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「人の物とるなんてサイテーだよ! 早くその絵を返しなよ!」
十勝君の前に立って、十勝君をにらむ一ノ瀬さん。これには十勝君も少し動きを止めたけど、すぐに気を取り直したように声を上げる。
「何だよ、お前には関係ないだろ!」
「あるよ! だって友達の大事な絵なんだもの!」
友達……最初は、ぼくのことを言っているって分からなかった。
だけどだんだんと分かっていくにつれて、むねの中が温かくなってきた。友達、友達……
「友達って、こいつが? お前らいつから仲良くなったんだ?」
「今さっき。そんなことはいいから、早くその絵をあの子……えっと、えっと……」
すると、なぜか口ごもる一ノ瀬さん。どうしたのだろうと不思議に思っていると、ふり返ってきて、なぜか気まずそうにぼくを見る。
「ごめん、名前なんだっけ?」
「えっ?」
そう言えば、まだ自己紹介もしていなかったっけ。同じクラスになってからしばらくたつけど、今まで話したことも無かったから、ぼくの名前を知らないのも無理はない。
だからぼくは、おこってないって分かってもらえるよう、なるべくやさしい声で返事をした。
「ぼくの名前は九十九光太。同じクラスなんだけど……わかるかな?」
「うん、クラスが同じなのは知ってる。そう、九十九光太くんだったね。ごめん、良い名前なのに、わすれちゃってた」
ううん、今初めて聞いたんだよ。だけどそんなことよりも、良い名前と言ってもらえたことの方がうれしくて、思わず顔がほころぶ。
「ボクのことは分かる?」
「一ノ瀬さんでしょ」
転校してきた時に自己紹介したんだ。分からないわけがない。
それなのに一ノ瀬さんは、なぜだかうれしそう。
「うんうん、覚えてくれたんだ。だけど、『一ノ瀬さん』は固いよ。ボクのことは、マヨってよんで。みんなそうよんでるもの」
真夜子だからマヨなのかな? だけどあだ名でよぶって、何だか本当の友達みたい。
「マヨさん?」
「『さん』もダメ。友達なんだから、そういうのは無しね」
「それじゃあマヨ……ちゃん……」
「うん。これからはそう言ってね」
女の子の事をこんな風によぶのなんて、ちょっとこそばゆい。だけど、いやな気はしない。
よび方が決まったら、マヨちゃんは「そうだ」と、思い出したようにふたたび十勝君に向きなおった。
「と言うわけだから。さあ、絵を返して」
「どういうわけだよ⁉」
ぼくらのやり取りが終わるのを、ちゃんと待っていてくれた十勝君。もしかしたら、あきれて動けなかったのかもしれないけど。
だけど待たされて、やっぱりイライラしていたみたい。いやそうな目で、マヨちゃんをにらんでくる。
「友達だかなんだか知らねーけど、すっこんでろ!」
「わっ⁉」
いきなりかたをつき飛ばされて、マヨちゃんは後ろに尻餅をついてしまう。ちょっと、女の子相手に何するの⁉
「いたた……」
ぶつけたお尻をさすりながら、立ち上がるマヨちゃん。そのすがたを見て、ぼくはいてもたってもいられなくなった。
「十勝君!」
気がつけば、さっきマヨちゃんがしたみたいに、ぼくは十勝君の前へとやって来ていた。いつもは何も言い返せないのに、今日は言わずにはいられなかった。
「マヨちゃんは関係無いじゃないか。あやまってよ!」
「ああっ?」
いつもとはちがうぼくに、ビックリしたような顔をする十勝君。だけどすぐに。
「うるせえ。やんのかよ?」
左手にぼくの絵を持ったまま、右手をグーの形にする十勝君。そして……
「お前、生意気なんだよ。いっぺんイタい目みろ!」
そう言ったかと思うと、顔に何かが当たった。
たぶんマヨちゃんがおされた時よりも、ずっと強くてイタイもので。なぐられたのだと気がついたのは、背中から地面に横になった後だった。
「光太君⁉ ちょっと、何やってるの⁉」
マヨちゃんがキッとにらむも、十勝君はどこふく風。今にも口笛でもふきそうな様子で、へらへら笑っている。
「だってこいつが悪いんだぜ。つっかかってくるから。なぐられて当たり前だっつーの」
全く悪びれる様子は無い。だけどぼくはそんな十勝君よりも気になることが。さっきからマヨちゃんが、かたをプルプルとふるわせているのだ。
「……そう。だったらコレは知ってる?」
ぼくからはよく見えないけど、マヨちゃんがおこっているのは何となく分かる。ヅカヅカと十勝君の正面まで歩いて行き、そして……
「ボクのおばあちゃんが言ってたよ。なぐっていいのは、なぐられる覚悟がある人だけだって」
「はあ? お前いったい何を言っ……」
十勝君は、最後までしゃべることができなかった。それより早く、ふるわれたマヨちゃんの平手打ちがほほをとらえ、辺りにパーンと、気持ち良いくらいの音がひびいたのだ。
「ま、マヨちゃん?」
ぼくはあっけにとられてしまった。よほど強くぶたれたのか、平手打ちを食らった十勝君はぼくと同じように、後ろにふっとんで、背中から地面に落ちる。
「ーーッ!」
声にならない声をもらす十勝君。マヨちゃんはそんな十勝君を、冷たい目で見ると、倒れた時に十勝君が手をはなして、地面に落ちた画用紙を拾い上げる。あれは、ぼくの絵だ。
「良かった。どこもよごれていないみたい」
ほっとした顔を見せるマヨちゃん。そして今度はこっちへとやって来て、倒れているぼくに手を差し出してくる。
「つかまって」
「う、うん」
ぎこちない返事をしながら手を取って。立ち上がってズボンについたよごれをはらう。
「はい、光太君の絵。もうとられちゃダメだよ」
絵を受け取ると、むねの中に温かな気持ちがあふれてくる。ぼくなんかのために絵を取り返してくれたマヨちゃんにお礼が言いたい。ぼくはゆっくりと、口を動かしていく。
「あ、ありが……」
ありがとう。そう口にしようとしたその時……
「コラー! お前たち何してるー!」
見ると向こうから、一人の男の先生がおこった顔でこっちに向かってきている。
今気づいたけど、周りにはたくさんの児童がいるわけで。ケンカしていたぼく達は、すっかり注目の的になってしまっていた。
「いけない、先生だ。にげろー!」
そう言ってマヨちゃんは、すぐさまかけ出して行く。一方ぼくは出おくれてしまって、マヨちゃんの後ろすがたを見送るしかなかった。
(ちゃんとお礼、言いたかったな)
後悔したけど、それでもすぐに思い直す。きっとまだ、チャンスはあるって。だって、友達なんだから。
小さくなっていくマヨちゃんの背中を見ながら、そんなことを思う。そして……
「…………」
ぼくと同じように、マヨちゃんの背中を見つめているのは、平手打ちを食らって未だ尻餅をついたままの十勝君。
あれだけハデにやられたんだ、逆恨みしていなきゃいいけど。そう心配しながら、様子を見ていたけど。
「真夜子……」
小さくなっていく後すがたを見つめながら、マヨちゃんの名前をつぶやいている。だけどその顔はおこっていると言うよりも、どこか幸せそうで。これはまさか……
「真夜子……真夜子……」
何だか、顔が赤い。それに、うっすら笑みをうかべていて、言っちゃ悪いけど、何だか少し気持ち悪い。ニヤニヤしながら、何度も名前をくり返している。
何だかこれとよくにたシーンを、マンガで見た事がある。おそらく……いや、これはもう、まちがい無いだろう。
写生大会のあったこの日、ぼくには友達ができて、十勝君に春が来たみたいだ。
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