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写生大会のあった次の日の放課後、ぼくは一人体育館の裏に来ていた。
「へえー、光太君以外にも、木の精が見えた人間がいたんだニャ。アタシも今度会ってみたいニャ」
一人じゃなくて、一人と一匹だった。今ぼくの足元には、一匹のネコがいる。黒の毛なみをした、シッポが二本あるネコが。
ぼくと話をしているこの子は、もちろんふつうのネコじゃない。うちの学校をナワバリにしている、ネコマタと言われる妖怪で、特に何かをするわけでもなく、毎日ひなたぼっこやお昼寝をしながら、この辺をウロウロしている。ぼくはこの子のことを、チョコってよんでいた。
時々ここに来ては話をする、仲良しなネコマタだ。
「マヨちゃんって言って、ちょっと変わってるけど良い子なんだ。今度チョコにも紹介したいよ。できれば、だけどね……」
ぼくがこんな弱気になっているのにはわけがある。ぼくは昨日のお礼を言いたくて、今日は朝からずっとマヨちゃんに声をかける機会をうかがっていたのだけど、マヨちゃんの周りにはつねにだれかがいて。声をかけるチャンスがなかったのだ。
「話かけることもできないなんて。もしかしたらこのまま話せなくて、友達じゃなくなっちゃうかも」
「なに弱気な事を言ってるニャ。そんな後ろ向きになるなんて、意気地無しだニャ」
「たしかにそうだけどさあ。もう、そんな事を言うなら、ご飯あげないよ」
「ニャ? それはいやだニャ。ご飯ほしいニャ。光太君、お願いしますニャ」
手のひらを返したように、下手になるチョコ。もっともぼくも、冗談で言っただけで、ご飯はちゃんとあげるつもりだけど 。
ランドセルからふくろに入っていたニボシを取り出して、チョコにあげる。
「ほら、今日はニボシだよ」
「いただきますニャ」
夢中になってニボシをかじり始めるチョコ。
ぼくがこうして、チョコにご飯をあげるようになったのは去年のこと。当時この体育館うらを新たな散歩コースにしたと言うチョコを偶然見かけて、つい声をかけて。それからこうして、時々ご飯をあげているのだ。
「チョコ相手になら、話せるのにな……」
なのにマヨちゃん相手だとそれができない。そんな自分の意気地の無さがいやになって俯いたけど……
「ああっ! こんな所にいた!」
いきなり大きな声がしてふりむくと、そこにいたのは息を切らせたマヨちゃんだった。
「だれだニャ?もしかしてあの子が……」
「うん、マヨちゃんなんだけど……」
でも、どうしてこんな所に? ここはあまり人が来ない場所なのに。
そのおかげで、ぼくもチョコときがねなく話をすることができるんだけどね。他の人には、どうやらチョコはふつうのネコに見えるようで、声も聞こえないみたいだから。まあそれはさておき。
マヨちゃんは足早に、こっちに向かって歩いてくる。
「さがしたよコウ君。話をしたかったのに、さっさと教室から出て行っちゃっうんだもの」
「ごめん……って、コウ君って?」
「あれ、変だった? 光太君だからコウ君ってよんだんだけど」
「ううん、いやじゃないけど……」
ただちょっとこそばゆい。決して悪い気はしないんだけどね。
「こんな所で何して……ああ、ニャンコ」
ぼくの後ろにかくれていたチョコに気づいたマヨちゃんは、しゃがみこんで手をのばす。
「あれ、この子ってネコマタ? コウ君の友達なの?」
「友達、なのかな?」
そう言えば、考えたことがなかった。時々エサはあげてるけど、飼っているわけじゃないから、飼い主と飼いネコでもないし。仲良しなのは、まちがい無いと思うけど。
そんなぼくをよそに、チョコはいたってマイペース。マヨちゃんの手にすりよったかと思うと、クイッと頭を上げる。
「やあ、君が真夜子ちゃんだニャ。アタシはチョコって言うニャ。光太君から聞いたけど、本当にアタシがネコマタだって分かるんだニャ」
「あ、やっぱりこの子、しゃべれるんだ。カワイイ!」
「ニャニャ? くすぐったいニャ」
頭やアゴをなで始めるマヨちゃん。チョコは少しビックリしたようだったけど、にげ出さないのを見ると、いやじゃないみたい。スゴいなあ、あっという間に打ちとけちゃってる。
「真夜子ちゃん、光太君と友達になってくれたんだってニャ。この子いつも一人ぼっちでいるから、君みたいな友達ができて安心したニャ」
「ちょっと、チョコ⁉」
まるでぼくのお母さんみたいなことを言い出すチョコにあわてる。一方マヨちゃんはキョトンとした様子。
「ええっ、どうして一人ぼっちなの? コウ君、とってもやさしくていい子なのに?」
そんなおどろかれても、答えようがない。それに……
「ぼくは別にやさしくなんてないよ」
いったいどうして、やさしい何て思ったのだろう?だけどマヨちゃんは首を横にふる。
「やさしいじゃない。だって昨日、ボクが十勝君につき飛ばされた時、守ろうとしてくれたじゃない」
「あれは元々、マヨちゃんが助けてくれたんじゃないか。それに結局何もできなかったし。十勝君をやっつけたのだって、マヨちゃんだし」
だからやさしいのはマヨちゃんの方。さらに言うと、やさしい上に強い。対してぼくは、女の子を守ることができずに、ぎゃくに助けられてしまうような、なさけない男の子だ。
けどマヨちゃんは、それでもゆずらなかった。
「そんなことないよ。意地悪されてたのに立ち向かっていった、コウ君の方がスゴいって」
「う、うん……ありがとう」
結局おしに負けて、うなずいてしまうぼく。やっぱり、マヨちゃんの方が強いや。
「ところで、ぼくをさがしてたみたいだったけど、何かあったの?」
「ああ、わすれてた。コウ君って、チョコと話ができたり、精霊が見えたりしてたよね。ボク、家族以外でそんなことできる人と会ったの初めてだから、話がしたくて」
そう言えば、昨日もそんなことを言っていたっけ。
「本当は朝から話したかったんだけど、他の子につかまっちゃって。見えること、あんまり人には言わない方がいいって言われているから」
その気持ちはよくわかる。見える事を話しても、まず信じてもらえずに、変な子だって思われちゃうことはよくあるから。けど、マヨちゃんとなら話せる。
「ぼくも話がしたい。ねえ、マヨちゃんの家族も、色んなモノが見えるんだよね?」
「そうだよ。家族って言っても、全員じゃないけど。見えるのは、ボクとお婆ちゃんの二人だけなんだ」
「えっ、おばあちゃんは見えるの?」
「うん。おばあちゃんが言うには、ボクの家はそういう家なんだって。お父さんも昔は見えてたって言ってたけど、今は見えないんだって」
昔は見えてたのに、見えなくなることもあるんだ。それは知らなかった。
「でも、おばあちゃんはまだ見えるんだよね」
「そうだよ。今はちょっと元気がないけど、やさしいお婆ちゃんで。ボクの家族はおばあちゃんのめんどうをみるために、この町に引っ越してきたんだ」
そうだったのか。
元気がないというのは心配だけど、マヨちゃんおばあちゃん、どんな人なんだろう?
「いつか会ってみたいな、マヨちゃんのおばあちゃんに」
「だったら今度、家においでよ。コウ君が来てくれたら、おばあちゃんもきっと喜ぶよ」
笑い会うぼくら。するとそれを見ていたチョコも、顔をほころばせる。
「二人ともすっかり仲良しだニャ。ん? だれか来るニャ」
「えっ?」
マヨちゃんに続いて、いったいだれだろう? だれであっても、変な事をしゃべっていると思われたら、いやだ。ぼく達はあわてて話すのを止めるたのだけど……
「え、十勝君?」
体育館のカゲから現れたのは、とても意外な人だった。
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