木の精のおじいさんと青い花

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木の精のおじいさんと青い花

学校行事って、いったい何のためにあるのだろう? 画用紙の上でえんぴつを走らせながら、ぼく、九十九光太はそんなことを考える。  5月の半ば。今日はぼくの通う朝霧小学校の、全校あげての写生大会の日。先生も子どももみんな、学校近くの自然公園にやって来ている。  クラスの子達は、勉強しないですむと言ってはしゃいでいたっけ。ガキ大将である十勝君なんかは、絵をかくのをそっちのけで、大声で遊ぶ計画を立てていた。けどあれだけ目立っていたのだから、きっと今ごろ先生に目をつけられていて、遊べてはいないと思う。  だけどそれでも、友達といっしょにはしゃいでいた十勝君の事を、ちょっとうらやましく思ってしまう。ぼくにはあんな風に、いっしょになって遊べる友達が、一人もいないから。  みんな、思い思いの場所で、色んな絵をかいている。たいていの子は、なかよし同士集まってかいていたけど、ぼくは一人。  みんなとはなれて公園のすみで、一本の木の絵をかいていた。その木はたいへん長生きしている木で、花どころか葉っぱの一つもつけていない木だったけど、ぼくはまよわずこの木を書こうと思った。だってこの木には、『あの人』がいるから。  見上げると太いえだに、時代劇(じだいげき)に出てくるような着物を着たおじいさんがすわっていて、笑いながらこっちを見ている。  なぜ木の上におじいさんがいるのかって? もちろんふつうに考えたら、これはおかしなこと。だけど全然おかしいなんてことは無い。だってあのおじいさん、人間じゃないもの。  ぼくが笑い返すとおじいさんは何を思ったのか、すわっていたえだをさすりだす。  何をしているのだろう? そう思ったその時、さっきまでは葉っぱもなかったそのえだに、一りんの大きな、青い花がさいた。  それはまるで魔法のようで、とてもキレイで。ぼくは咲いたばかりのその花を、絵にかき足した。  多分あのおじいさんは、この木の精なのだろう。ぼくはこういう、人ではないモノを、どういうわけか昔から見ることができたのだ。  夢中になってかいていると、ふとだれかの話し声が聞こえてきた。 「見てあれ、お化けの木だよ」 「昔、首をつった人のお化けが出るってうわさの木だよね。あの人、なんでそんな木をかいてるんだろう?」  話しているのは、ぼくよりも年下と思われる女の子。  そんなうわさはウソっぱちなのに。本当はちがうって言いたいのだけど、ぼくは聞こえないふりをした。  だってもしもあの子達に木の精のおじいさんの事や、花をさかせてくれたことを話しても、きっと信じてはくれないだろうから。だってあの子達には、それらが見えないのだから。  どうやらぼく以外の人は、人ではないあれらを見ることができないらしい。昔その事に気づかずに、あちこちにいる幽霊や精霊を指差しては、そこにいることを伝えたけど、だれも信じてはくれなかった。  でも、そんなことはもうなれた。良いんだ、だれも信じてくれなくったって。ぼくだけでも分かっていれば、それで。  そんな風に思いながら、えんぴつを走らせていたんだけど……。 「すごい、上手!」  とつぜんに耳元で、元気のいい声がした。  あわてて振り返ると、そこにはショートカットで水色のシャツにベージュの半ズボンをはいた子が、目をかがかせながらぼくの絵をのぞきこんでいた。  ビックリいていると、その子は絵からぼくへと目を向けてくる。 「ゴメン、びっくりさせちゃった? ボクこんなに上手に絵をえく人初めて見たから、おどろいちゃって」  その子は笑ながらあやまってくる。そんな風にほめらえて、ちょっとうれしかった。取りえなんて無いぼくだけど、絵には少しだけ自信があったから。  だけど面と向かってほめられたのは初めてで、照れながらも自然と笑みがこぼれてしまう。 「ええと……君、ボクのこと分かる?」  ぼくはコクンと頷く。この子は少し前に、うちのクラスに転校してきた子。と言っても、今まで話したことは一度も無いけど。  この子は明るくて活発的で、友達も多くて。今ではぼくよりもずっと、クラスになじんでいた。 「君、本当に絵がじょうずだね。ボクなんてヘタだから、まだ全然かけてないよ。ねえ、ボクもここでかいて良いかな?」 「う、うん」  うなずくと、その子はとなりに腰を下ろしてくる。  だけど、どうしてこの子は、ぼくなんかに声をかけたのだろう? いっしょに絵をかく友達なんて、いくらでもいるだろうに。  不思議に思っていると、その子はふたたびぼくの絵を見てきて、ふと声をもらした。 「あれ、この花?」  指さされたのは、木の精のおじいさんがさかせてくれた、あの青い花。絵と木を見くらべるその子を見ながら、ぼくはあせる。  マズイ。ふつうの人には、おじいさんがさかせてくれたあの花も、見ることはできない。このままだと、ありもしない花をかく変な子って思われるかも。そう心配したけど…… 「もしかして君も、アレが見えるの?」 「……え?」  かけられたのは意外な言葉。『君も』ってことは、まさか…… 「スゴい! ボク、家族以外で見える人に会ったのなんて初めてだよ!」  さっきよりもよりいっそう目をキラキラさせながら、ぐっと近づいてくる。もしかして、この子も見えるの?  だけど今は見えるかどうかよりも、この近さ方が気になる。ぼくはこんな風に近よられるのになれていなくて、どう返事をしたら良いか分からずにあせってしまう。ましてや…… 「スゴいスゴいー」  相手が女の子なんだから、本当にどうしたら良いかわからない。まるで『スゴい』以外の言葉を忘れてしまったように、何度もくり返す様子を、ただじっと見ている。  この子の名前は一ノ瀬真夜子ちゃん。明るくて人なつっこくて、ぼくとは正反対の女の子だ。  見る事が出来る人と会えたことがよほどうれしいのか、あせるぼくとはちがって、一ノ瀬さんはキラキラと目をかがかせていた。
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