第7話 脅かす影

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第7話 脅かす影

 寂れた村に馬。1頭だけでなく、何十もクツワを並べている。馬具も綺羅びやかでいて、そして重々しい。貧しい集落には不似合いなそれらは、村民にとって畏敬の念を抱かせるのに十分だった。  乗り手はというと、馬具以上に眩い装いだ。磨き抜かれた銀鎧、剣の鞘は、曇天の下であっても眩く見える。その来訪者達は、すぐさま村長宅へと招かれる事になった。 「いやぁ済まないね村長殿。急に押しかけてしまって」 「とんでもございません。騎士団の皆様あってこその民草。我らにとって貴方様は実の父よりも尊きお方にございます」 「アッハッハ。ごめんよ、そそっかしい『父』でねぇ。用事さえ済ませたら退散するから」  そう語るのは壮年の男だ。名をシューネントと言い、貴族の出ではなく叩き上げの将校だ。切りそろえた短髪と頬髭の似合う大柄で、腰に帯びる剣が小さく見えてしまう。彼は北方面を一任される司令官で、本来なら数千の騎士に守られる騎士団長である。  しかし彼は気さくにも柔和に語りかけ、粗末な床に腰を据えている。型破りな長官だ。供回りが百にも満たない事実を知れば、尚更である。 「今日はね、実は内密の話で来たんだ。分かるかい?」 「税の事でしたら、どうにか納めてございます。他のご用向きとなりますと……」 「あぁ、今年も大変だったよね。北の戦争が終われば、税率も緩くなると思うよ。それまでお互い頑張ろうね」  シューネントは感じ入ったように頷くが、いささか軽い。本題からかけ離れた話題であるためだ。 「ウチらがわざわざ来たのはね、慰労のためじゃないんだ。クエスタ君に手紙を持たせてたハズなんだけど」 「クエスタ……でございますか?」 「そうそう。彼はもう逸材でねぇ。例のスキルさえあれば全戦全勝、世界の国々を支配下に置くことも夢じゃないんだ。それで、今どこに?」 「それは、弱りましたな……」  村長は震える指で額の汗を拭った。その仕草を見逃して貰えるほど、シューネントは甘い男ではなかった。 「何か問題があるようだねぇ。話して貰えるかな」 「あやつは……クエスタは……」 「クエスタなら死にました! 役立たずだから生贄にしたんです!」  後ろの戸が開き、向こう側から叫ぶような声が響いた。 「ほう、死んだと。僕ら騎士団が求める程の逸材を、殺したっていうのかい?」 「滅相もない! コーディ、黙らんか!」 「いえ黙りません。どうかオレを騎士団にいれてください。統率者というスキルがありますし、友達は粉砕を持ってます。クエスタよりも10倍は戦功を挙げてみせますから、お願いします!」 「アハハ、とんだ茶番だよねぇ。僕は何のために、こんなクソど田舎までやって来たと言うのか……」  シューネントは笑みこそ残したままだが、放たれる闘気は別人だった。その気配はコーディを射抜いて釘付けにし、武芸を知らない村長すらも凍りつかせた。 「少年。キミは随分とスキルを自負してるようだけど、それは役に立たないよ。平凡すぎて、世の中にはごまんとある。他人よりも、ほんのちょっぴりお上手という程度さ」 「でも、アイツは、クエスタは『なぞなぞ』ですよ。それこそ役に立たない……」 「彼は叡智の光を継ぐ男だよ。世界で唯一無二の、絶対的な能力なんだ。十把一絡げの才能とは次元が違うんだよね」 「そんな……あんな役立たずが……オレよりも上だって?」 「さて村長殿。経緯を話してくれるかな。偽りがあれば血を見ることになるから、包み隠さずにね」  もはや選択肢など無い。村長は声が掠れるのも構わず、ひとつひとつ、語りかけた。村の窮状を強調しようとしたが、それはシューネントによって拒まれてしまう。ただ事実だけ述べよと。  そうして事態の共有が終わると、現場への案内が求められた。そこは村外れの山道で、今も変わらず大穴が口を開けて佇んでいた。 「ここに落としたんだね。確かに、万に1つも助からない様に見える」  村長は飛び上がらんほどに怯えたが、シューネントの意図はそこにない。 「居場所を占ってもらえるかな。そもそも生存しているのか」  その言葉で、隣の副官が術式を展開した。それから瞳を閉じ、心に浮かぶ声を尋ねると、1つの答えを手にした。 「クエスタは生きている模様です。地下に広がる村に有り、と出ました」 「朗報だねぇ。可能性は?」 「五分五分とお考えください」 「十分だよ。このまま手ぶらで帰ったら、陛下に怒られちゃうし」 「この手勢だけで乗り込みますか?」 「時間が惜しい。軍を編成してる余裕はないよ」 「性急に過ぎるかと。時を惜しまれるのは、やがてクエスタが魔の者に取り込まれるからでしょうか?」 「アッハッハ。もしかして僕は人情派とでも評価されてるのかな、ちょっと嬉しいかも」  シューネントは高笑いすると、一言だけ残して闇の世界へと身を躍らせた。 「戦局の為に決まってるじゃないか」  勇ましく飛び出した指揮官を、配下の者たちはすかさず追いかけた。 「団長に続け! 飛翔魔法の準備も怠るな!」  暗闇でわずかに光る銀の輝き。それはさながら、夜闇に放たれた矢じりのようであった。  一方その頃。クエスタ達は充てがわれた館をさまよっていた。自宅であるのに、今も全く馴染まないのは、その異様な広さだった。 「ここって開けたっけ? 見てみよう」 「客室……かしら。たぶん、さっきも見たわよ」  彼らが普段使いするのは自室と食堂、それから風呂場くらいのもので、大半の部屋は足すら踏み入れた事がない。それは良くないと提案されたのが、この三姉妹捜索ゲームである。屋敷の中に潜むメイド3人を探り当てるという趣旨のものだ。  実に難易度の高いものだ。たとえ上手く見つけたとしても終わりではない。その人物が誰かと言い当てるまで、探索は続くのだ。 「見つけたよクエスタ! 戸棚の中!」 「本当だ、よし。今度こそは……!」  棚の下、スライド式の扉の向こうにメイドは居た。丸みを帯びた短髪が顔の半分を覆い尽くし、リボンは頭の中心にある。一応は美少女の範疇にある容姿であっても、この状況では台無しである。 「ええと、ミシェルさ……」 「待って胸の詰め物が足りてないよ!」 「んん!? じゃあメアリさん!」 「御名答。流石はなぞなぞを極めしお方」  メアリは姿勢をそのままに、抑揚の弱い声で言った。とても褒める態度とは思えず、皮肉にしか聞こえない。 「むしろ僕は間違えた側だけどね、当てたのはミアだけどね」 「しかしながら残すは2択。それこそクエスタ様の真骨頂。存分にご活躍ください」 「はぁぁ。いい加減疲れてきたし、早いとこ終わりにしちゃうからね」 「お待ち下さい、クエスタ様」 「何さ。もしかしてヒントでもくれるのかい?」 「不覚にも脱出する術がありません。救助を要請致します」 「……じゃあ、どうやって入ったのさ」  戸棚から伸びた手を引きずり、メアリを表に出した。それから何事も無かったように裾を払い、いつもの澄ました姿勢を取り戻した。 「感謝致します。お陰様で、戸棚のチリとなる事を免れました」 「そろそろお腹すいたわね。ミシェルさんを見つけたら食べさせてくれるのかしら?」 「全員揃わないとダメかもね」  メアリが無情にも頷き、肯定した。 「ねぇクエスタ。例のスキルで何とかならないの?」 「そう思ってはいるけど、なんでか発動しなくってさ」  クラスタは念の為、心を研ぎ澄ました。それしきの事で発動しないのは、これまでの経験上知っている。しかし、それはあくまでも過去の事例でしかなく、未来を確約するものではなかった。  スキルは発動した。ただし、彼の求める形ではなかった。 ――逃げて。悪いやつが来るよ、早く逃げて。 「えっ……今のは?」  聞こえた声は普段と違った。子供の戯れるものではなく、祈るような調子へと変貌していた。その変化はあまりにも唐突だった。そもそも2択ですらなくなっている。 「どうしたの、クエスタ?」 「聞いてくれ。今、スキルが発動したみたいだけど……」  その時、遠くから絶叫が響いた。村の方からだ。    クエスタは目配せをして、館から飛び出した。もはやゲームなど構うゆとりはない。場の空気を一変させる程度には、先程の悲鳴は真に迫るものだったのだ。
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