第9話 なぞなぞ返し

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第9話 なぞなぞ返し

 精霊神とは、万物の頂点にして産みの親である。それこそ魔人や人間ですら例外ではなく、彼に次ぐ神ですら同様だ。その本人から告げられたのは、数千年にも及ぶ大陸史の断片だった。 「私は配下の神に続き、ヒトを産み落としました。方や、力を束ねるのに長けた種を。方や、魔術の扱いに長けた種を」  それらはやがて人族と、魔族という系統を生み、各々が歩みに任せて繁栄を築いていった。 「かつてはいずれの種も、地上に在ったのです。2つの大陸を、同じ富を享受できるよう公平に。飢えず、争わず。そんな世界を構築し、永久の発展を約束しました。しかし、そんなものは儚い夢でしかありませんでした」  やがて技術の革新に伴い、両者は海を渡る様になった。そうして知った種族の違いは嫉妬を生み、互いの富を羨むようになる。  そして人族は交易船の代わりに軍艦を浮かべた。数多の精兵を送り込み、街も村も手当たり次第に焼き払った。対する魔族も、あらゆる魔術を復讐の牙に変え、痛烈な報復を行った。  結果、山野は血で濡れた。大河は朱に染まり、海底は船の残骸と亡骸で埋め尽くされた。その凄惨な争いは、延々と続いた悲劇は、世界に数々の哀しみをもたらした。墓はいくら建てても追いつかず、その癖、弔うべき体は無いという異常さ。それでも人々は武器を手に取り、老いも若きも命を散らしていく。  その全てを眺め続けた精霊神。座して傍観するには優しすぎた。 「全ては私の落ち度です。配慮に欠けた振る舞いが無用な争いを生み、それが新たな憎悪を育てる。もはや一刻の猶予もなりませんでした。魔族の大陸を地中深くに埋め、両者を地表の壁で隔てたのです。魔法の扱いに長けた種であれば、太陽による力が無くとも生きられると踏んだからです」 「それが、人と魔族の知られざる歴史だったのですか」 「はい。それからの私は強い責任を感じ、君臨する事を辞しました。配下の神々は諌めたのですが、私が強く願うと、我儘を許してくれました」  これが精霊神が表舞台から消えた理由だった。彼は自らを闇に縛り、外界との接触を断った。そしてただ冥福を祈る。無念に散った魂を弔う。そんな形による贖罪は、1千年を超えるほど繰り返されてきた。 「私は、もう二度と世界と関わるまいと決めていました。しかしある日、どうにも孤独に堪えきれず、覗いてしまったのです。未練がましくも、かつての戦場であった地上界を」  そして、1人寂しくさすらうクエスタを見つけたのは、全くの偶然だった。もしかすると、精霊神が無自覚に探し当てたのかもしれない。 「その時、あなたを見つけました。ご両親を亡くし、孤独に埋もれようとするあなたを」  精霊神の声は震えていた。心に押し込めた感情が溢れるのに合わせて、静かに、だが深くから揺さぶられていた。 「私は、似ていると思いました。愛し愛される者を喪ったあなたと、大勢の子を亡くして嘆き悲しむ私が。経緯は全く違うのに、不思議となぜか、他人には思えなかった」  そこで湿り気を帯びた声は、強く滲んだ。止めどなく溢れる涙が、頬を伝って滴り落ちていく。 「ごめんなさい。私が感応したばかりに、あなたの運命を変えてしまいました。本来ならもっと平凡な人生が待っていたのに、私と繋がったがゆえに、過酷な役割を与えてしまいました」 「過酷な役割って、このスキルの事ですか?」 「今はまだ大した効力を持ちません。しかしゆくゆくは、私の力を引き出すまでに至るでしょう。神に近しい力を、あなたは得てしまったのです」 「それほどのものを、僕が……」 「せめて、何者かに悪用されぬようにと思い、魔界へと誘いました。地上よりもずっと平穏な世界だったからです。そしてお友達までもが降りてきたのは、想定しない幸運でした。あなたも寂しくならずに済む。そう安心していたのですが」 「来ましたね、騎士団が」 「はい。人族の執念を甘く見ていました。その見通しのせいで、また血が流れました。やはり私が関わると、悲劇ばかりが起きてしまいます。たとえ何千年経とうとも、役に立たぬ者は立たないままなのです」  大きな溜め息が漏れる。それは重荷を降ろしたものではなく、諦めからくるものだった。 「クエスタ。あなたにこの力を委ねましょう。消えゆく創造主からの置き土産です。受け取って貰えますか」  精霊神は瞳を伏せたまま、手のひらに光球を生み出し、捧げた。自ずと煌めく球は、えも言われぬ力に満ち溢れていた。  しかし、クエスタが一向に受け取ろうとしないのが、伏し目の端から見えた。彼の顔色を見ようとしても、罪悪感が壁となり、首までしか見ることが出来ない。たとえ直視出来たとしても、涙で滲む視界は朧気(おぼろげ)だった。 「ごめんなさい。私はただ、寂しかっただけなのかもしれません。童心に返り、ただ純粋に、暖かさに触れたかった。それだけだったのかもしれません」  静けさが2人を包む。そして先に破ったのはクエスタの方だった。 「なぞなぞのスキルに、僕は助けられた? 困らされた?」 「えっ……」  精霊神の困惑を余所に、問いかけは続く。 「側で見守る人が居て、僕は心強かった? 頼りなかった?」 「クエスタ、何を……」 「あなたの苦悩の深さを僕は知らない。責任の重さだって計り知れない。でも、なんで1人だけが背負わなきゃいけないんだ! 手を汚したのはその時の王様だ、兵隊だ! あなただけが悪かった訳じゃないでしょう!」 「ありがとう、でも私の罪は」 「魔界を見てご覧よ。皆が仲良く支え合い、戦争が起こらないよう平和的に暮らしてる。ちゃんとあなたの考えを実行してる人が、大勢いるんだよ!」  クエスタは手を差し伸べた。光球ではなく精霊神の眼前に、一切の迷いもなく。 「行こうよ、そして、世界をもう1度見て回ろう! あなたが愛した人たちの待つ所に!」 「クエスタ……」  精霊神の大粒の涙が地面に触れた。すると辺りの石が、草花が光を灯し、暗闇をほのかに照らした。 「ありがとう。私が感応したのは、その真っ直ぐな魂に見惚れたのかもしれません」 「精霊神様? 体が、透けて……」 「今しばらく自分に猶予を与えてみます。もし不甲斐なさを許せると思えたら、その時はもう1度だけ、この世界を……」  神の体が霞の彼方へ消えると、続けて眩い閃光が走った。眼に刺さる痛み。堪えるうち、腹の奥底に熱い猛りを感じた。まるで血が沸騰したような衝動から、自ずとうめき声が引き出された。  再び眼を開けば、やはり小石の煌めく魔界の光景があった。違いがあるとすれば、雨の様に降りしきる光の粒子が見える事だ。 「精霊神様! もしかして、死んじゃったんですか!?」  その問いには、すぐに返答があった。 ――否。私の魂はクエスタと共に在り。  聞こえるのは無邪気な少年の物ではない。理知的で、大人びた口ぶりだった。これはスキルの効果なのか、クエスタは恐る恐る、疑問をぶつけてみた。 「あなたは、僕と一緒に居るってこと?」 ――正。私はあなたで、あなたは私である。 「そっか。よく分からないけど、自分を許せる日が来ると良いね。僕はそう願ってるよ」  その言葉に返答は無かった。そして見計らったかのように、暴虐の獅子が眼を覚まし、立ち上がった。 「よし。皆を助けに行こう。手伝ってくれるかい?」  獅子は頼もしくも鼻を鳴らし、そして高らかに雄叫びを響かせた。心身ともに充実している。そう受け取ったクエスタは、その背中に跨がり、暗闇の中を走らせた。 「ところで、村の皆は無事なのかな?」 ――正にして否。遅れれば犠牲者が出る。 「それは魔法による火災のせい?」 ――否。火消しは完了済み。ただし騎士団に制圧され、生殺与奪権を奪われている。 「あいつら……今度こそは許さないぞ!」 ――正にして否。あなたへの力の譲渡はまだ一部のみ。過信は禁物。 「分かった。じゃあキミの働きにも期待してるよ」  クエスタは獅子の背中を撫で、信頼を露わにした。そしてふと思う。 「そう言えば、キミにはまだ名前を付けてなかった。さすがに可哀想だよね」  獅子は走りながら鼻を鳴らした。今更か、とでも言いたげである。 「ごめんね、遅くなって。名前は、そうだなぁ。クルーガーとかどうだい? 強そうでしょ」  提案は唸り声によって返された。明らかに不満気だ。 「だったら、ジェイソンとか、グエンとか」 「グルルル……」 「何が気に食わないっての。どれもカッコイイと思うんだけどさ。もっと仰々しいのが良いの?」 ――否。男性名詞であるのが気に食わない。 「それって、もしかして……?」  クエスタは青ざめた。余りの強さ、そして図体の大きさから見誤っていたのだ。 「ごめんよ、キミはメスだったんだね! 全然気付かなかったよ!」 「グルルル……」 ――正。存分に傷ついている模様。 「じゃあえっと! キミは今日からクルルだ、可愛らしい名前で、ピッタリだと思うよ!」  クエスタは必死に持ち上げた。逞しい友の背に跨がりながら、冷や汗を飛ばしつつ。そして真っすぐと向かった。決戦の地、ニケイエの村へと。  降りしきる光の粒子は、いつしか止んでいる。それの吉凶を知らぬまま、一行は闇を切り裂いて突き進むのだった。
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