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惨状
翌日、夜の公園。照明というには頼りない暗い街灯に、不器用にバタバタと舞う巨大な蛾がぶつかっては墜落する。どぎつい水色の鱗粉が舞う下に、数名の警官の姿があった。
「お待ちしてました白石警部!」
若い巡査に敬礼された男は、捜査一課の白石刑事。ゴロリとした短躯、禿げかけた短髪のルックスはどこかユーモラスでもあるが、殺人事件に何度も立ち会ってきた腕利きのベテランだ。時折見せる、常人ならざる目つきがそれを物語る。
「なんだこりゃ。どんな状況だ?凶器は?」
「鋭利な棒と思われるのですが、まだ見つかりません」
仰向けで半裸の死体には、全身をメッタ打ちされたような多数の打痕や痣。それだけならまだしも、四肢が全てあらぬ方向に折れ曲がっており、異様さを際立たせる。仰向けなのに何故か顔が見えないのは、顔面が地面につくほど不自然に首が曲げられ……いや、ねじ切られているからだ。
その顔は酷く歪み、死してなお苦痛と恐怖に喘いでいるようにも見える。
特に凄惨なのは、左脇腹から右肩に至るまで、棒状のもので強引に貫かれたような穴が空いていることだ。
「ぐ、ぐえええ……警部すんません、僕やばいです」
「イーツーキー!だらしねえな小僧が。ま、確かにこれほど酷えのは珍しいけどよ」
強烈な死体と腐敗臭にえづいているのは、樹巡査。白石の下について修行中の新人だ。ヒョロッとした長身で今時の若者という風情は、白石刑事とは好対照。頭脳派のエリートだが、殺人現場などそう簡単に慣れるものではない。
「男性。金髪に金のネックレス……ブランドコラボのスマートウォッチかよ。20代か下手すりゃ10代、ボンボンかホストだろな」
「強盗か通り魔ですか?ぐええ」
「こんな念入りに殺し直すような通り魔がいるかよ。高級品がそのままだから強盗でもねえ、怨恨だろ」
「どんだけ恨めば人間をここまで壊して……うぐっ、すんません!」
口を押さえて植え込みに駆け込む樹に構わず、白石は死体を凝視する。
(確かにここまで人体をぶっ壊す……生きながら?絶対無理だ。だが死んでからやったにしても異常だ。こいつが弄んで恨みを買った女……なわけねえな、この力技。複数犯か?)
白石と樹の、長く苦い数日が始まりを告げていた。
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