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吐露
5月下旬。蕾香を見舞った翌々日、すなわち近所の公園で若者の変死体が発見された次の日の夜。舞子は、SNSで連絡してきた小林 巽(舞子を狙っていた男だ)に初めて返信し、会うことを決めた。
何度か来た誘いは無視していたが、今日は蕾香について話したいというので、あえて乗った。
恐怖と危険を感じ、場所は人目のあるハンバーガー店を指定。店内に奴の姿を見た瞬間に吐き気と酸鼻を覚えたが、気を取り直してドアを開ける。
「あのさ、蕾香ちゃんのことで」
「あの娘まだ意識がないけど、目が覚めたらすぐに警察に行きます」
「やっぱりか。でも頼む、それはやめてほしい」
「は?」
「俺さ、上場企業に就職決まってんだよ。でも事故とはいえ、あんな現場にいたってことになればさ。わかるよね?」
おっとりした舞子もさすがに血が上り、顔が赤くなる。
「事故……?」
「そう、不幸な事故だった。でも昨日小室が死んだのは知ってる?成り行き次第では俺らの立場もやばいかもって、皆で話してるんだ。何もしてなくても大企業はトラブルに敏感だし、オヤジの縁故だからヘタ打てないんだよね」
「何も?……信じられない、どこまで酷い人たちなの」
確かにあの時、舞子は一行と別れてからの正確な状況はわからない。真実を知るのは蕾香と、当事者の男4人だ。今は3人になったようだが。
彼らは警察に虚偽の証言をして、ただのドライブ中の交通事故に偽装したのだ。
暴行現場となった車は燃えてなくなり、物的証拠は灰になった。蕾香は意識がなく明日をも知れぬ容体で、焼けただれた体からはDNA採取も難しい。
万が一彼らのDNAが採取されたとしても、蕾香の意識が戻らなければ、あるいはこのまま亡くなれば、和姦で通りそうな状況でもあるのだ。
好都合が重なった彼らは、自らの罪を闇に葬った。
舞子はあの日、現地の警官には蕾香が辱められているであろうことを告げたが、4人から十分な捜査協力は得られなかった。逆に日向からは、舞子が妄言を重ねれば名誉棄損で訴えるとまで言われてしまった。
確証があっても、彼らの証言以上の証拠がないのが現実なのだ。
舞子は1か月経った今も被害届を出せずにいる(蕾香の意識がないこともあるが)。何より不利なのは、経過はどうあれ自動車事故自体は事実であるという点であった。
舞子は感じたことのない怒りでワナワナと震える。小さなテーブルをガツンと叩いて立ち上がる。コーヒーが床に落ちて黒が拡がる。
「蕾香をあんなにしといて自分の立場って何?1人死んだ?騒ぎになってる公園の殺人事件のこと?ハッ、当然の報いよ、ざまぁ……」
舞子は自重する。憎い相手でも死者を冒涜すれば、連中と同レベルに墜ちてしまう。
「ごめんなさい言いすぎました。でも私は……」
大粒の涙を流し、舞子は1人で店を後にした。
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