絶望

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絶望

 抑揚のない白壁。現実感のない建具。熱のないスチールベッドに横たわるのは、機械を通した呼吸音しか聞こえない女の子。  酷い火傷や骨折で崩れた顔は、あの愛らしい彼女とは思えない。  桜樹(さくらぎ) 舞子(まいこ)は思う。あの時、自分が下衆どもを受け入れていれば、親友をこんな目に遭わせることはなかったかもしれない。凌辱されても命まで奪われることはなかったのではと。  なれば少なくとも、一ノ瀬(いちのせ) 蕾香(らいか)……ここに横たわる親友が、3週間もコーマ(昏睡)が続く状態になるのに比べれば、幾分マシだったのではないか。    舞子は疑念と後悔に苛まれる。蕾香が助けてくれたあの夜、自分がもっと強かったらと、やるせない感情が押し寄せる。  尊厳と命。天秤にかけられる道理もない、18歳の若者には重すぎる命題を抱えさせられて以来、舞子の心は晴れぬままだ。 「ごめんね蕾香……」  舞子は蕾香の左手を握ろうとひざまづく。頬にかかる黒髪が、流れ落ちる涙を吸収する。  冷たくか細い蕾香の指先。だが握りしめても、細い肩に手をかけても、蕾香は明るく語りかけてはくれない。焼け方が浅い左側の顔は未だ美しくはあったが、あの魅惑的なクリッとした瞳は開かない。  その様子を見るたび舞子は、止められない憤りから、自らに育つ邪心を嫌悪する。 「許せないよね、あいつら……」  そう呟いた時、人工呼吸器の奥にある蕾香の口角が少し上がったように見え、同時にベッドの脚あたりでカタリという音が鳴った気がした。  気のせいだ。蕾香の容体は、希望的観測を持てる状況ではないのだから。  舞子は今日も無気力に病室を後にする。瞳は宙を泳ぎ、長い廊下をふらふらと歩く。  白く無機質な廊下が、おぞましい生物の消化管のようにグネグネと曲がって見える。生臭いにおいが漂うかのごとき感覚に、軽い吐き気を覚える。  エレベーターホール。大理石の重厚な壁。黒っぽい色とエレベーターが3基ある様子は、まるでケルベロス(地獄の番犬)の醜悪な大口のようだ。  舞子は、中央の1基に頭から呑み込まれるように乗り込む。次に扉が開いたら、そこは果たして出口か入口か……異様な妄想に囚われながら、彼女は最近の自分が酷く疲弊していることを思い出した。  エレベーターの中で不意にSNSに着信。彼女の表情を一層曇らせるそれが、憔悴の一因でもあった。
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