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「ご飯食べた?」
「うん」
「お風呂入った?」
「うん」
「脱いだ服、洗濯カゴに入れた?」
「うん」
「パンツちゃんとはいた?」
「うん」
「歯磨いた?」
「うん」
「じゃあ、お薬飲んで」
「う……」
そこて急に嫌な顔をする。
「どうしたの」
「苦いからやだ……」
「だめよ、苦くても飲まなくちゃ」
「でも……」
「苦くても、毎日ちゃんと飲まないと、すぐに病気になっちゃうんだよ。また、入院して、毎日注射されるよりずっといいでしょ?」
「う、うん……」
でも、まだ気が進まなそうだ。
わたしは気にせず、薬を準備した。二錠の半透明なカプセル剤で、一つは無色、もう一つはうっすらと青い。カプセルは特殊な素材で出来ていて、口の中では溶けないが、飲み込むとすぐに溶解する。それが「苦い」の正体だ。
コップ一杯の、室温の水を添えて、差し出す。
「さあ、どうぞ」
「うう……」
「飲まないと寝られないよ? それで、また病気になっちゃうんだから」
「うう〜。やだ」
「嫌でしょ? 我慢して飲みなさい」
「じゃ、じゃあ……ちゅーして」
「ええ?」
「ちゅーして。口に移して。自分じゃ、できないから……」
これも、実はもうほぼ毎日やっていることだ。最初にやったのは、いつからだったか、どっちから言い出したことだったか忘れたが、とにかく毎日やっている。わたしはその度に、嫌そうな顔をしてみせるのだが、結局やってしまう。
「じゃあ、口開いて」
わたしは錠剤を飲み込まないように、注意深く舌の上に乗せる。そして、半開きになった唇を覆い隠すように、人工呼吸みたいなキスをする。
お互いの舌が触れ合うのを確認して、互いに探り合いながら、口の中で錠剤を受け渡す。急に押し込むとえずいてしまうので、慎重に。口の中は、さっき歯磨きしたばかりの、ミントの香りがする。わたしとは違う歯磨き粉を使っているから、味が違うのだ。小さい歯や舌が、わたしの舌の先を這い回る。鼻息がくすぐったい。温かくて、甘い香りのする吐息。
「ん……」
「んんっ」
「はい、飲んで」
コップを渡し、半ば無理やり飲ませる。
ごくんごくんとすごい音が喉から鳴る。
「うぇ……まずい……」
「失礼ね。わたしのキスなのに」
「違う、お薬……」
「でも、ちゃんと飲めたね。偉いよ」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、もう寝ちゃいなさい」
「うん、おやすみなさい」
よく眠っている。わたしはその寝顔を見ていると、とても幸せな気分になる。心配なんて何もしていない、そんな顔。
「明日も、お薬、飲ませてあげるからね……」
わたしの作った、特別な薬。
ただのビタミン剤だ。毎日飲まないと病気になるなんて、そんなの嘘。けど、小さい頃から病気がちだったこの子は、わたしがちょっと脅かしたら、あっさりと信じてしまった。薬に少しだけ苦い成分を混ぜておけば、本当に効く薬だと勘違いする。
この子に毎日薬を飲ませているうちは、この子はわたしから離れられない。わたしとのキスをやめられない。わたしのせいじゃない、この子が自分で求めたことなのだ。
「おやすみ」
また明日もこの子に薬を飲ませてあげないと。わたしから離れられなくなる、魔法の薬を。
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