0人が本棚に入れています
本棚に追加
「あんたは……」
病室の入り口に立っていたのは、あの女だった。あの日、橋から飛び降りようとしていたのを助けた、名前も知らない女。
彼女は真っすぐ俺を見つめていた。あまりの真っすぐさに俺は思わずのけぞってしまったが、ふと彼女が胸元に小さな花束を抱えているのに気がついた。
ああ、そういうことか。
彼女は俺の傍までやって来ると、
「本当にありがとうございました」
と頭をその高い腰の位置まで下げた。長い黒髪が窓から差し込む光を弾いて、とてもきれいだと思った。
彼女はゆっくりと頭を上げ、花束を差し出した。その瞳は生まれ変わったかのようにきらきらしていて、あの橋の上で見たのと同じものとは思えなかった。
死に損ない二人は、こうして病室での対面を果たした。なんて奇妙なんだろう。
でも。
死に損なったおかげで見られたものがある。
これも悪くない。俺は花束にそっと手を伸ばした。
最初のコメントを投稿しよう!