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階段を降りていくと今しがた電車の横っ腹から吐き出された人々が流れるようにこちらに押し寄せてきたが、巻田一九生(まきたいくお)は構わずその濁流の中に突っ込んで行った。
俺を避けてすれ違う人々から白い眼をいくつ向けられようと気にならない。他人のことなんてもうどうでもいい。俺はただ、次の電車をホームで待ちたいだけ。首を上に傾け、プラットホームの天井から吊るされた電光掲示板で停車時刻を確かめようとすると、どん、と誰かと肩がぶつかった。
「いてえな、気をつけろ」
相手から声をかけられても俺は見向きもしなかった。立ち止まるつもりはなかったが、左肩を掴まれ、無理やり後ろを向かされた。スキンヘッドにピアスした、チンピラみたいなおっさんがこちらを睨みつけている。俺はその丸顔を見て、ひげの生えた卵みたいだなと思った。
「何だよ、気持ちわりい」
一言も返さずぼんやりと見つめていたからか、おっさんは舌打ちしながら俺を弾き飛ばし、立ち去って行った。
俺はもう一度電光掲示板を見上げた。
次の電車の時刻は16時19分。あと1分もない。「白線の内側にお下がり下さい」というアナウンスが流れると、俺は敢えて白線を跨いで一歩踏み出した。
最近の駅は可動式の柵が設置されている所も多いが、規模の小さいここはまだだ。そして規模が小さいゆえに、特急や急行は停車しない。
命を絶つ方法を探していたが、これなら自分の手を煩わせることなく一瞬で死ねるはずだ。
プラットホームのへりに立ち左を向くと、彼方から電車が猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。これで何もかもチャラだ。楽になれる。
迫りくる走行音に俺の心は何となく安堵していたが、しかし、プラットホームのへりに膝をついた老婆が目に入り、急に我に返った。
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