死に場所

9/10
前へ
/10ページ
次へ
真っ暗だ。何も見えない。何だこれは。どうしてこんなに苦しいんだ。俺は今、どこにいる……?足をばたつかせてもつくべき地面はない。腕を振り回しても何も掴めない。体中が冷たい。吐いても吐いても口に水が流れ込こむ、を通りこして、水が喉に押し入ってきて、肺まで水で満タンになりそうだ。 水……?そうだ。俺、川に落ちたんだ――。 思考がそこまで巡った瞬間、突如として意識が覚醒した。 不意に上体を起こすと、そこは見知らぬ部屋だった。俺はまっ白なベッドの上に寝かされていた。 「気がつきましたか、巻田さん!」 聞いたことのない女の声が俺の名を呼んだ。右を向くと、若い女の看護師が心の底から嬉しそうな笑顔で俺を見つめていた。 「俺、生きてるのか?」 「はい。あなたが助けた人がすぐに通報してくれたのと、運よく川岸に引っ掛かったおかげで……。本当に危ないところでした」 俺は看護師と反対側の窓の向こうに目をやった。昼下がりの穏やかな日差しが、何日眠っていたのかもわからない目にはとても眩しかった。ふと、窓の傍に花瓶が置いてあり、真新しい花束が活けてあるのに気がついた。田舎に住んでいる親か、それとも知り合いか誰かが見舞いに来たのだろうか。 「すぐに先生を呼んできます。これから検査しますから、また横になっていてくださいね」 確かに身体の節々が痛いし、頭もぼんやりしている。しばらくどこにも行けそうにない。投げやりな気持ちでもう一度ベッドに横たわると、看護師はすたすたと出て行った。 その背中を見送って、本当にここは病室なのだと実感した。俺は死に損なったんだ。 ため息をつきながら仰向けになろうとしたとき、視界の隅に見覚えのある人間が映り、それこそ死んだ人間にもう一度出会ったかのように意識が息を吹き返した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加