第4章

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第4章

 自宅の古い賃貸マンションに帰る途中で雨はあがった。部屋のレースのカーテン越しに、雨上がりの夕映えに包まれた(あか)い空と都会の街並みが見えた。レースの繊細な模様が赫く反映しとても美しかった。  照明も付けずに、薄暗いリビングのソファでママはうつ伏せのまま寝ていた。ガラス製のテーブルには、読みかけらしい白い便箋が無造作に置かれていた。照明のスイッチをいれると、白い便箋はワープロで書かれた文字がきれいに並ぶママ宛の手紙らしかった。  送り主の名前は、ヒカリとあった。  ──ヒカリ! 誰だろう?  気になって白い便箋を手にとると、急に明るくなったため目を覚ましたママが、乱れたほつれ髪のまま顔をあげ瞳孔(どうこう)を開いて(まぶ)しそうにした。ワタシはあわてて白い便箋を、ガラス製のテーブルに戻した。  ──帰ってたのね。  ママの目は、泣いたあとのように赤く腫れていた。手紙を読んで泣いたのだろうと思われた。  ──ママ! 三越で新作のケーキ買ってきたからあとで食べよう。  ワタシは、着替えのためふたたび自室に戻った。泣いてしまうほどの手紙とはどんな内容なのだろう。ヒカリってだれ? と強い疑問が湧いてきた。    その深夜、ワタシは左手首の白いサポーターをはずし、左手首をカッターで切った。血が(にじ)んで少しだけ痛かった。  ワタシは、男に身体を売るたび左手首を切り、もう何本も傷痕(きずあと)があった。  都会の照明に薄められた紺碧色(こんぺきいろ)の夜空に(はかな)く輝く星たちだけが、ワタシの儀式を知っていた。
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