可愛い後輩と、寂しがり屋な店長と、ツンデレな先輩。

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「誰?」 「店長だよ!」 「ああ、いたんですか。お疲れさまです」 「塩対応されると店長泣いちまうよ」 「いえ、布団を持ち込んでいることに引いているだけです。せめて寝袋にしてくださいよ」 「その手があったか!」 「納得するんだ」 「明日からは寝袋生活だな」 「決意を固めているところ申し訳ないのですが、そもそもここで寝ないでください」 「仕方ないだろ、仕事が終わらないんだよ! ここで寝るしかないんだよ!」 「要領悪いんですか?」 「ずばり言われると店長傷ついちまうよ」 さっきの怒声が嘘のように、店長はしゅんとしてしまった。 言い過ぎたかもしれないが、長身の男が身を縮こまらせても、少しも可愛くないのでフォローはしない。 そしておそらく、これは落ち込んだフリなので、塩対応は継続する。 「すみませんが、店長に構っている暇はないんですよ」 そう言うと、思ったとおり、店長はそくざにテンションを切り替えて、余裕の笑みを浮かべた。 「なんだ、なにか問題でも起こったのか? どれ、店長に言ってごらんなさい」 いつの間にか泣き止んでいた後輩が、店長に向かって挙手をして、自分の掌をよく見えるように広げてみせてから、大きな声で言った。 「ブラックホールです!」 「急にどうした」 「実は、私の掌がブラックホールだったということが発覚しまして」 「まじで!?」 「手に持っていた車の鍵が、宇宙空間に投げ出されてしまったみたいなんです」 「おいおい。俺が寝てる間に、大事件が起こってるじゃねぇか!」 後輩は自分の持ち得ない力を信じきっていて、そしてありえないことに、店長まで流れるように信じてしまった。 現実離れした設定に、少しは疑問を持ってほしい。でないとこのカオス空間からは抜け出せない。 「とりあえず二人とも落ち着こうか」 血相を変える店長と、ありもしない力に悲しむ後輩の間に挟まれながら、様子見の一言を投げてみる。 しかし案の定、二人はカオス空間の中で掛け合いを続けている。 「そのブラックホールだが、どれくらいの質量まで吸い込めるんだ? もしかして俺も!?」 「あるいは可能かもしれません!」 「ちょっくら試してみようぜ!」 「試さないでください。宇宙に行っても死ぬだけですよ」 冷静なツッコミを投下してみたものの、現状が好転する気配はなかった。 キリッと表情を整えた店長が、大仰にバックヤード内を歩き回って、その世界観に浸りながら、わざとらしく頷いた。 「そうだ、俺は死ぬだろう。だが、これだけは約束する。 ……死ぬ前に、お前ら二人に届くような声量で、俺は言おう。 なによりも、地球は青かった、と」 感化された後輩が、瞳を光らせてその手を取った。 「店長……私たちに身をもって教えてくださるというんですね! 地球が青いこと!」 「ああそうだ。地球が青いことを教えてやる」 今度は二人が身を寄せ合って泣いている。 「地球は青いよな」「地球は青いですよね」と繰り返している。 「あなたたち、宇宙の知識、それしか知らないの?」 ぴきっ、と。カオス空間に、ひびが入った音がした。このままこの空間を崩してしまいたいところだが、店長はめげない。 咳ばらいを一つして、カオスに私を引き入れようとしてくる。 「俺の墓にはこう刻んでくれ。地球の青さを知る漢、と」 「バックヤードに布団を持ち込む男、と刻めばいいですか?」 「やめて! それだけはやめて!」 店長のキメ顔が、でこぴんで倒せそうなほど情けない顔に変わったので、ここが好機と、私は強めの一撃を繰り出した。 「店長。もしかして、後輩の掌ブラックホール説に乗っかったのは、終わらない仕事に対する、現実逃避なんじゃないですか?」 瞬間、カオス空間ががらがらと崩れる音がした。 背筋を伸ばして立っていた店長は、床に手をついて投げやりに言った。 「ああそうだよ、俺は初めからわかっていた! 掌がブラックホールになるなんてこと、あるわけがねぇって!」 「ええ! 私の掌、ブラックホールになったわけじゃなかったんですか!?」 当たり前のことを叫んで、衝撃を受けている後輩の横で、現実世界へと帰還した店長が首を傾げた。 「ところで、なんでブラックホールの話になったんだっけ?」 立ち直りの早い後輩がすぐさま挙手をする。 「私が鍵を失くしたからです!」 元気が良すぎる声量で胸を張った彼女に、私も疑問を口にした。 「聞いてなかったけど、どこで鍵がないって気がついたの?」 「自動販売機です! 店長も先輩もお疲れだろうから、飲み物を差し入れようと思ったんです!」 「あなた……なんていい子なの……」 途端に緩んだ私の涙腺から、ぶわっと涙が溢れ出た。 「そうしたら、いつの間にか手に持っていたはずの鍵が失くなっていたんです!」 「となると、怪しいのはその自動販売機周辺ってことだな」 話に割って入ってきた寂しがり屋の店長をスルーし、私は後輩の手を引いて歩き出した。 「現場検証よ。その辺りを探してみましょう」 「はい、先輩!」 「合点承知だ!」 「店長は仕事してください」 「俺も輪に入れて! 鑑識Kでもいいから!」 「どんだけ鑑識いるんですか」 店長の土下座があまりにも綺麗だったので、私たちは三人で自動販売機へ向かった。
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