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閉店後の館内は、不気味なほど静かだった。どこのお店も消灯を済ませ、各店舗のスタッフさんたちも帰ったあとのようだ。
いくらか歩いて自動販売機の前に到着すると、店長がポケットから携帯を取り出して、ライト機能をONにした。
ぼんやりと広がった光を頼りに捜索が始まったが、辺りの床はおろか、コイン返却口や商品の取り出し口の中まで調べてみても、ライオンのキーホルダーがついた車の鍵は、一向に見つからなかった。
「どうしましょう、どこにもありません」
「この自動販売機で間違いないの?」
「はい……お店から一番近いのが、ここでしたから」
「大丈夫よ、きっと見つかるわ。もう少し探してみましょう」
しゅんとする後輩の肩に手を置いたとき、店長が低い笑い声を上げはじめた。やがてそれは館内の奥まで響いていく。
「どうしたんですか、地球の青さを知る店長」
「かっこつけてたのに、今それ言う!?」
「ただ気味が悪いだけでしたが」
「それでもいい!」
「いいんだ」
「わかったんだよ」
「というと?」
「もちろん、鍵の在処だ」
私と後輩は目を丸くして顔を見合わせてから、鼻高々にドヤ顔をしている店長を見た。
「本当ですか?」
「どこにあるんですか!」
二人でほとんど同時に投げかけた言葉を受けた店長は、片手を顎に当てて似合わない決めポーズをとった。
「名探偵・店長が導き出した答えは……」
店長の指先が示した場所を、視線で追いかける。
なんのアニメの影響なのか、探偵になりきっている酔いしれた店長の声が耳に届いた。
「自動販売機の下の、わずかな隙間。そこに鍵が入りこんだのさ」
言われてみると、たしかに。店長が示した場所は、探した気になっていただけで、まだ探していない場所だった。
ただそれだけのことなのに、彼はこんなにも調子づいて、なお決めポーズを保ったままドヤ顔をしているので、私は少々感じた苛立ちのままに、その背中を押した。
「では、確認してみていただけますか?」
「俺が? この狭い隙間を、床に這いつくばって見ろって?」
「ええ」
「俺、店長なんだけど」
「兼、名探偵なんですよね。ご自分の推理が正しいこと、証明しなくていいんですか?」
「それは証明したい!」
「では、お願いします」
店長は床にうつ伏せになって寝転がる恰好で、自動販売機の下の隙間にライトの光を潜り込ませると、すぐに声を上げた。
床に這いつくばったまま嬉しそうにこちらを見上げてきた店長に、後輩と二人で「あったんですか?」と訊ねる。
「あった! 俺の推理は的中だ! 見たか、これが名探偵・店長の実力ってもんよ!」
嬉々として手を入れようとするも、店長は拳をぶつけて、隙間に阻まれた。
二三度試みて、ようやくその理由に気がついた店長が、絶望の表情を向けてきた。
「手が入らねぇ」
「でしょうね」
「せめてドライバーがあれば……」
「ドライバーのリーチで届くんですか?」
「届かねぇ」
「……」
「呆れないでくれ! これでも店長、一生懸命なんだよ!」
「でしょうね」
店長がふざけてなどいないことくらい、わかっている。
そうでないと、いい歳した大人が泣きそうになりながら床に這いつくばる理由なんてないのだから。
店長は今度は考える人のポーズをとって、悩み始めた。
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