可愛い後輩と、寂しがり屋な店長と、ツンデレな先輩。

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「店長、これならいかがでしょう!」 そう言った後輩の手には、唐突にトップスハンガーが握られていた。 「ハンガーか! でかしたぞ後輩くん!」 「どうしてハンガーなんて持ち歩いているのよ」 素直に喜ぶ店長と冷静に指摘する私でかなりの温度差がある中、後輩はいたって真面目な顔で私の質問に答えた。 「だって、閉店後動き出すマネキンと戦うには、ハンガーが必要不可欠じゃないですか!」 後輩の口から飛び出した新たな世界観が理解不能すぎて、私はもちろん、さすがの店長もぽかんとしてしまった。 指摘してあげなければ。後輩に健やかな生活を送ってもらうためにも。 「あなたはいったい、どこの世界線で生きているのよ」 私のツッコミを皮切りに、束の間静止画のように止まっていた場面が、再び忙しなく動き始める。 「絶対ないとは言いきれないじゃないですか」 「だとして、ハンガー一本で立ち向かうつもり?」 「POPを手裏剣みたいに飛ばすという戦法もあります!」 「どんな神業よ」 「家で練習しているんです」 「あなたが心配しているような事態にはならないと断言するわ。 だからハンガーを持ち歩くのもPOP手裏剣の練習をするのも、やめておきなさい」 「でも……万が一マネキンが戦闘態勢に入ったら、私はどうやって応戦すればいいんですか?」 「そうね。万が一そんなことになったら、店長が戦ってくれるわ。 地球の青さを知る漢だもの、強いわよ、きっと」 「なるほど、それは強いに違いありませんね!」 話についてこられずに、ずっとぽかんとしていた店長の手を、後輩が熱く握った。 「では、そのときはよろしくお願いします、店長!」 「なにが?」 「戦いですよ!」 「誰と!?」 「マネキン軍団です!」 「いつの間にそんな恐ろしい戦いの戦闘要員になってるんだよ、俺!」 頭を抱えて悶えていた店長が、やがて腹をくくったように両頬を掌で叩くと、そこには覚悟を決めた男の姿があった。 どうやらこの短時間で、蠢くマネキン軍団の群れと戦う自分を想像できてしまったようだ。 「マネキン共……それ以上近づくと、俺のトップスハンガーが火を噴くぜ」 なんて恰好悪くて、聞いているこっちが恥ずかしくなるキメ台詞なんだろう。 かつて店長の声帯を震わせたことがないであろう、どこから出したのかも不明なその無駄な美声に、私は気味の悪さを感じて、ゾッと鳥肌が立った腕を無表情でさすった。 魔改造された火を噴くハンガーとか、後輩と店長の謎のハンガー縛りとか。 ツッコミを入れたいことが山ほど頭の中で駆け巡っているが、私はそのすべてを呑みこんだ。 後輩の失くした鍵を探す。その過程で、いったいどれほどの脱線を繰り返しているのだろうと今更ながらに気がついたからだ。 それに、もう探しものは見つかった。 想像上で大活躍している店長と、目を輝かせて店長劇場に見入っている後輩を、私は現実の世界へと連れ戻してあげなければならない。
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