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ぼくが乗っていた飛行機は、砂の上に置かれたようにして羽を休めている。
「こんなところに入り込んだら、危ないぞ」
声とともに突然、飛行機の胴体をすり抜けて、スーツ姿の男の人が現れた。
「早くここを出なさい。元いた場所に戻るんだ」
父と同じくらいの年格好の人は、翼の上を伝って砂の上に降りてきた。
「おじさん、どうやって出てきたの?」
男の人は人差し指を立てた右手を上げて、左右に振った。
「俺はまだ30歳だ。アラサーだけど、おじさんじゃない」
ぼくには30歳も38歳も区別がつかない。この人も父も、どちらも同じくらい「おじさん」だった。
「だから俺のことは、名前で呼んでくれ」
「だったら、あの、名前を教えてください」
「俺はアラセだ」
「アラセとアラサー、似ているような」
「いいんだ、本名だから。君のことは、『ぼく君』と、呼ばせてもらうよ」
呼び方はどうでもよかった。もっと大事なことがあったからだ。
「ここは窓の中じゃないですよ、アラセさん。ぼく、気がついたら飛行機の外に出ていたんです」
「ぼく君は勘違いをしている。君は窓の外に出たのではなく、『窓に映った風景』の中に入り込んでしまったんだ。だから今すぐ戻らなくちゃいけない」
「戻るって、どうやって?」
アラセは、「ちょっと移動しようか」と、飛行機を背にして月に向かって歩き出した。ぼくは慌てて声をかける。
「あの、そっち行くと飛行機から離れちゃいますよ」
「そこにある飛行機はただの風景だ。いわば画面の背景であって、実物ではない。俺たちが元の場所に戻るには、『風景の変わり目』に向かうべきだろう」
窓の世界のルール、風景の変わり目に行けば、別の風景へ移ることができる。そうやって風景から風景へと渡り歩くことが可能だという。
「スマフォの画面をフリックするみたいなものだな」
「でも、いくつもの風景を移動して、それでどうするの?」
一歩前を歩く男性の肩が、ぴくりと震えた。
「決まっているじゃないか。ぼく君がここから出る方法を探すんだよ」
声を出して笑いながら、アラセは言い切った。
「おそらく、君がここに入って来た目的を達成するまで、窓の世界から出られないだろう。ここでじっと待っていても、出口は見つからないさ」
ぼくらの前には、見渡す限り月の砂漠が広がっていた。胸のうちに、「たいへんだ」といいう思いが渦巻いた。
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