窓に映る風景

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 アラセは「風景の変わり目」を探して砂の上を歩きながら、窓の世界についていろいろと説明をしてくれた。 「ぼく君が入り込んだ『窓の風景』は、飛行機の窓が入り口だったけれど、実際の景色が見える透明な窓である必要はないんだ」  家の窓や電車の窓、他にも飛行機や車、建物などの窓を覗き込むとき、人はそこに安心できる何かを求めているらしい。 「PCやタブレット、スマートフォン、ケータイゲーム機の画面もそうだ。書籍や雑誌、新聞、漫画だって『窓』の一種と言えるだろう」  家を出て知らない場所へ行ったり、知らない人たちに囲まれていたりすると、誰もが不安になる。そこから逃れたい、早く家に帰って安心したいという気持ちが生まれる。 「そんな時に窓を覗き込んで、心安らぐ風景を見る。すると人の心は少しだけ現実を離れるんだ」  言われてみれば、ぼくも地下鉄の中でお気に入りの小説を読んでいると、周りのことが気にならなくなる。そんな感覚だろうか。 「通勤通学の車窓に流れる景色を見る人もいれば、好きなアニメやドラマ、お笑いをスマフォで見る人もいるだろう。一人で外出した先でも、いつも遊んでいるゲームをプレイすれば、見慣れた画面に心安らぐという人もいるかもしれない。人々は現実逃避の手段として窓の風景を覗き込み、その中へ意識の一部を移動する。極端な考え方だけど、『不安に駆られて現実から逃避し、窓の中に逃げ込む』と言ってもいいと思う」  アラセの説明で、窓のことはだいたい理解できたけれど、どうしても分からないことがあった。 「どうしてぼくは、ここへ来ちゃったんだろう」  目の前の背中に疑問を投げかけると、アラセは砂丘の上で突然、立ち止まった。 「ぼく君が今言った、『どうして』を、もっと考えるんだ。自発的な疑問や探究心が、問題解決への手がかり、足がかりになるから」 「あの、アラセさんはどうして、この世界に入って来たんですか」 「ああ、それは俺が期待した、『どうして』とは、ちょっと違うな」  アラサーの男性は振り向いて、目尻を下げた。 「今回は俺の座席の窓に、雲の上……いや月の砂漠に立っている男の子が見えたからだ。てっきり窓の風景に迷子が入り込んだと思って飛び込んだら、こうなった」  最後の方はなんだか、あきらめに似た溜め息が混じっているように聞こえた。 「アラセさんは、窓の中と外を自由に行ったり来たり出来るんですよね」 「俺の見た窓の風景ならば、たいていの場合は自分の意思で出入りできる」 「だったら今すぐ、出られるんじゃないですか?」  アラセは首を横に振った。 「ここは俺の見た風景じゃなくて、君の覗き込んだ『窓の風景』だ。ここから出る方法は、ぼく君にしか探せない」 「でも行きたい場所も、探したい物も、とくに思いつきません」 「疑問を胸に、探すんだ。いつも、『どうして?』と、自分に問いかけながら」  胸が、「きゅっ」と音を立てて痛んだ。今まで5年もの間、とても調子が良かったのに。  胸の奥で、誰かがささやいた。 『探して。いっしょに探して』  驚いて、ぼくは目をつむった。 「ぼく君、目を開けてごらん。風景が変わったよ」  アラセの声に目を開くと、そこはもう月夜の砂漠ではなかった。一歩を踏み出すたびに音を立てていた砂は消え、ぼくは低いモーター音を発する「動く歩道」(トラベレーター)の上に立っていた。
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