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ぼくとアラセは、壁に沿ってまっすぐ伸びる「動く歩道」の上に乗っていた。壁の反対側は通路になっていて、さらにその向こうはガラス張りの壁で、まるでカマボコのように弧を描いて頭の上まで伸び、そのまま天井となっていた。
「ここがどこだか分かるかい」
ぼくは首を振った。
「空港、だと思いますけど」
ガラスの向こうには大型旅客機が見えたし、あちこちに「到着」の文字と鞄のマークが描かれた看板があった。
「ここは羽田空港の飛行機から降りて入国審査へ向かう通路だ。どうやらぼく君の探しものは日本にあるようだね。会いたい人でも、いるのかな」
ぼくはまた首を振った。
「日本に帰るのは5年ぶりなんです。来年から中学生になる年齢だから、帰国して日本の学校に通った方がいいって言われて。だからぼくに探し物なんて、あるわけがないんですけど」
動く歩道の終点が来た。数メートル歩いて次の歩道に乗ると、アラセが聞き返して来た。
「けど、何かな? 引っかかることでもあるのかい」
「胸が、なんと言うか、騒ぐんです。さっきはちょっと痛かったですし、今はずっしり重い感じで」
「探しものに近づいているのかもしれないね」
アラセは、たぶん考えごとをする時のくせだろう、眉間にしわを寄せた。
「ぼく君、もしかして心臓が悪いのか」
「今はだいじょうぶ。6年前に心臓の移植手術を受けて、よくなったんです」
心臓を手のひらで押さえて、ぼくは答えた。
「法律の改正で増えたとは言っても、国内で小児の心臓移植手術はまだ件数が少ないと聞いている。上手くいってよかった」
アラセは、指であごを摘んだ。
「探しものの手がかりは、そこら辺にありそうだな」
胸を押さえていた右手に、鼓動が伝わってきた。まるでアラセの推測に「イエス」と答えているかのようだった。
「まだ、よく分かりません」
ぼくはイギリスに渡る前のことを思い出そうと、動悸がする胸に意識を集中した。この心臓をもらうまで、ぼくは他の子のように外で運動することが出来ず、日中のほとんどを家の中で過ごしていたのだ。
部屋の窓から、よく外を見ていたっけ。そう、移植手術をする前のぼくは、窓の景色の中に入りたいと強く憧れていたのだった。
アラセが急に、声を上げた。
「おっ、やっと姿を現したぞ」
彼の視線を追うと、動く歩道の終点に人影が見えた。飛び跳ねながらこちらに向かって頭の上で両手を振っているのは、中学生くらいの女の子だった。
「頼りになる助っ人だ」
「助っ人? そんな仕事があるんですか」
「仕事じゃなくて、そうとしか呼べないお助けキャラだな。彼女の名前はヒカル。見てのとおり、とにかく女子だ。彼女は……なんと言えばいいのかな、時と場合によって外見だけじゃなく性格も、年齢も変わるんだ」
「どうして? なんで変わるんですか」
「それはつまり……彼女が人間じゃないからだ」
お化けかなんかだろうか。アラセはああ言ったけれど、人じゃないものを信じていいのだろうか。
胸にたくさんの疑問を抱いたぼくを乗せ、レールは前へと進んだ。
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