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「おかえりっ! 待ってたよ」
羽田空港国際線ターミナルの入国審査エリア手前で飛び跳ねていたのは、中学生くらいの女の子だった。ストレートのセミロングがふわっと広がる。
「お前、なんで小学生のふりをしているんだ」
アラセの声に、彼女はほほをふくらませた。
「女・子・高・生! わたしは17歳の設定だよ。それと呼び方! 公式は、『ヒカルちゃん』だから」
右手をグーにして腰に当て、左手でアラセを指さす。そのポーズと近未来的なデザインの身なり、彼女の声から正体がわかって、ぼくは驚いた。
大人気のインターネット・アイドル、彩紋ヒカル。ボーカロイドよりも進化した、標準でダンスやお芝居もこなす仮想現実のアイドル、「ヒカルちゃん」だ。
「たしかに人じゃないけど、人にしか見えないや」
「君は『ぼく君』だね。嬉しいこと言ってくれるじゃない」
目の前にいる彩紋ヒカルは、画面の中に見る3D・CGやイラストと違って、ふつうのお姉さんにしか見えなかった。顔の造作やバランス、肌の質感、髪の毛の一本一本がとても自然で、イラストを立体化した作り物じゃなくって、生きている人間みたいだ。
それでも彼女の美少女ぶりは、あまりに現実離れしていた。アラセの言ったとおり、彼女が人間じゃないことは誰でも、ひと目で分かってしまうことだった。
「嬉しいから、お姉さんがハグしてあげる!」
ヒカルはぼくに飛びついてくると同時に、頭に両腕を巻きつけて引き寄せた。柔らかい胸に頭を押しつけられると、ぼくの心臓がひときわ高く音を立てた。
彩紋ヒカルには、人と同じくらいの体温もあった。いい香りもした。
「どうだ、ぼく君。人じゃないくせに、まるで人間みたいだろ」
「アラサーのアラセ、いっつもくどい。わたしはもう、ほとんど人間って言ってもいいほどデータを収集して、細部を修正済みなんだから」
「ぼく君があとで、傷つかないようにしとかないとな」
「だったら、アラサーがぼく君の身代わりになる?」
「冗談はよせ。それに俺はアラセだ。たしかにアラサーだけど、アラサーとは呼ぶな」
アラセは早口でまくし立てた。だけど急に咳払いをして、落ち着いた口調でぼくに話しかけてきた。
「ぼく君、贋物のおっぱいから解放されたら、目を開けて周りを見るといい。どうやらヒカルのおかげで、風景が切り替わったぞ」
ヒカルは文句を言いながらも、ぼくを解放してくれた。顔を上げてみれば、アラセの言うとおりだった。ぼく達はいつの間にか、新しい風景の中にいた。電車に乗っていたのだ。
ドアの上に設置された液晶パネルには、京急エアポート急行・印旛日本医大行きと表示されていた。ぼく達の他に、乗客は誰もいなかった。
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