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ドアが閉まって、電車がゆっくりと動き出した。
天空橋の駅は通過して、電車は地上に出た。ぼくはちょっと興奮した。穴守稲荷の手前で、久しぶりに日本の踏切と遮断機を見たからだ。
あっという間に通過した踏切を目で追って、ぼくは優先席の窓ガラスが変化していることに気がついた。
「アラセさん、あそこの窓を見て。一枚だけ、景色がちがう」
塀に囲まれた赤い屋根の家、玄関の柵は閉じている。犬がいっぴき玄関前で、誰かを待っているかのように身を伏せていた。ほかの車窓の景色は流れているのに、この風景だけは止まっていたのだ。
「月の砂漠、羽田空港、京浜急行と来たからな。そこに何が映っている? 君の探しているものか」
よく見ようとして窓に顔を近づけると、アラセがぼくの腕をつかんだ。
「うかつに近づくな」
引っ張られたせいでバランスを崩し、危うく転びそうになる。振り回した左手の指先が、窓ガラスにふれた。
「しまった」
次の瞬間、車内の風景が消えた。
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