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雨宿りと称して入った居酒屋はお客の入りが少なく、奥のお座敷に通された。
「とりあえず、瓶ビール二本。それから手羽先とだし巻き卵、あと何か漬物をお願いします」
カウンターにいた大将に声をかける。大将がすぐにビール二本とお通しの枝豆を持ってきて、ことんとテーブルに置いた。手渡されたお手拭きが温かい。ふぅと一息ついた。
男性にビールを注いで、自分のコップにも手酌で注ぐ。
男性はハシモトと名乗った。
「私はある会社で経理を担当してます。女性の多い部署で、特に揉め事もなく、それなりに仕事をしてきました。前の職場でも経理を担当していたので……例えば会計上の予測値に対して何がズレてるのか、とかある程度は把握してましたので、周りのみなさんから業務について聞かれることも多く、それなりの信頼を得ている……そう思っていたんです」
ハシモトさんは喉を大きく鳴らしてコップ半分くらい飲むと、ぷはーっと大きく息をついた。
「みなさんの後押しのおかげで係長に昇進しまして。それもこれも周りの皆さんのおかげですから、みなさんが働きやすいよう、言いにくいことを代わりに伝えたり、ミスを被って責任を負うなどしていたんですが。ある日、部長と課長から暴言が激しい、係長として相応しい仕事が出来ていないと注意を受けました」
ハシモトさんはコップの中で揺れる液体の残りを飲み干した。もう一本、ビールの栓を抜き、ハシモトさんに注ぐ。金色の泡が揺れた。
「結局、降格になりました。それでも皆さんと今まで通り協力しながら仕事をしていける、そう思っていたのですが……降格した途端、上司からは仕事を振られなくなり、必要事項の連絡が共有されなくなりました。すると、今まで頼ってくれていた皆さんも私の知らぬ間にローカルルールを勝手に作って、どんどん仕事を進めていくようになり、私は次第に孤立するようになったのです」
大将が手羽先とさばの塩焼き、きゅうりの漬物を次々とテーブルに置いていく。
ハシモトさんが手羽先にかぶりついた。醤油と油の甘い匂いが漂う。
「最初は胃が痛むようになりました。孤独がストレスだったんでしょう。その痛みを我慢しているうちに感覚がなくなって……気付いたらここに穴が開いていたんです」
だし巻き卵を一切れ、ひょいっとつまみながらハシモトさんが僕を見た。
「私ばかりが食べてますね。あなたは食べないのですか?」
そう言われてビールを煽る。爽快な苦味と炭酸が喉を駆け抜け、胃に収まった。
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