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その事件の真相を探るべく、私は容疑者――都内在住、46歳独身女性の調書を何度も読み返していた。
この凄惨なる殺人事件は、当初、恋愛関係のもつれによる突発的な殺人、または過失致死及び死体損壊事件であり、被告人の精神状態は普通ではなかったのだろうと思われた。マスコミをにぎわすには十分センセーショナルであっても、犯罪史に名を残すような真新しいものではないというのが私の印象だった。
しかし事件を調べているうちに、私は違和感を抱くようになった。
容疑者には離婚暦があった。20年前である。夫婦の間に子供はなく、結婚生活は2年に満たなかった。以来、彼女に特定の男性との深い付き合いはなかったようである。離婚の原因については調べようとしたが、容疑者に直接聞くこともできず、また離婚した元夫は不慮の事故で亡くなっており、当時を知るものも少ない。また結婚のときも離婚のときも、容疑者は親族には知らせていないようで、彼女は血縁者とも長いこと疎遠であるようだった。
離婚後、都内の賃貸マンションに一人で住み、人材派遣会社からの依頼をこなしているだけで友人や仕事仲間、地域の繋がりも必要最低限であり、彼女の印象は『挨拶をする程度、普通の人、まじめな人或いはつまらない人』という印象しか聞くことはできない。つまり彼女は孤独であり、孤独をよしとしている節があった。
一方被害者は、二人の子供がいる家庭的な男性であり、中堅のIT企業の管理職だ。上司、部下から信頼もあつく、女性問題を起こすようなことは学生時代に遡っても見つからない。誰とでも気軽に付き合い、深入りせずにあっさりしている。被害者とは対照的な人物像と言っていい。
二人にはなんら接点を見出せない。報道でも警察の発表でもこれまで明らかにされていない。家庭も仕事も順調で、ある程度自分に余裕ができた被害者が、遊び心か心の隙なのか、偶然知り合った女性に思いを寄せられ関係を持ってしまうという話は容易に想像できるが、それを裏付ける証拠が何もないのである。
二人は、どこで知り合い、どこで間違ってしまったのだろうか。何が彼らを狂わせてしまったのだろうか。
世間は過去の類似する犯罪――女性が男性を殺害した後、性器を切断した事件や日本人留学生がフランスで女性を殺害した後に遺体を切り取って食べたという事件を引き合いに出して、この事件の真相を突き止めようとしているが、私に言わせれはそれらのアプローチは無意味に思えた。
先にあげた事件を含め、過去の似たような犯罪では、被害者と加害者の接点が明確である。その点、今回の事件は異質である。また目的を果たした犯人は、自責の念であろうと、身勝手なエゴであろうと、逮捕後に犯行動機を隠すことも少ない。
ただここにきて、ようやく二人がSNSでやりとりをしていたこと、事件発覚のきっかけは、家族から捜索願が出たことが警察から発表された。私はそれにも違和感を覚えた。
私は探さなければならない。
違和感の正体を。
それが何かはわからない。
わからないものが何なのかを私は探す。
かくして私の『ものさがし』が始まった。
私はもともと小説家になうと考えていたが、想像でものを書くことが苦手らしい。らしいというのは自分ではできているつもりであっても、読者の評価、特に公募の審査員の評価は惨憺たるもので、これは受け入れるしかない。私は人が何を考え、どう感じ、どう思い行動するのかをきっちり設定して物語を書くことが好きだった。あとは彼らを非日常の状態に落とし込むだけなのだが、その発想が乏しいのだと思う。或いは奇をてらいすぎているのかわからない。
この凄惨な事件が起きるために必要な要素――それが私にはどうしても足りていないように思えてならない。警察が事件を立証する物証を探すように、私はこの物語が成立するために必要な人物像を探すのである。
私はそれを『者(もの)探し』と呼んでいる。
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