Space Age⑤ エラム・サナンの焦り

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 今夜のイベントはこの“宇宙移住船”の出航3周年記念、そして、地上と別れを告げる会でもある。1ヵ月後には、ワープ孔に到達する。そこに入れば一気に目的の星に近づけるが、穴から抜けた先では、もう遠すぎて地上と交信ができないから。…表向きは。  そう、俺、エラム・サナンは知っている、この計画の嘘を、からくりを。知っていて黙っているなんて、と批判されるかもだけど、普通に言ったって、到底信じてもらえないだろう。  1ヵ月後を迎える前に、ワープ孔と言う暗闇の中に無為に放り込まれる前に、さりげなくこのからくりを皆に気づかせて、手を打たなければならない。できるだろうか、という不安と、いや、できるかどうかじゃない、やるんだ! という自らへの𠮟咤と。俺は、この3年で何回、この胸中の揺れを繰り返してきたことだろう。  今夜のイベントでは、皆が万感の思いを抱いて、それを振り切るように羽目を外すだろう。新たなる母星へ、希望の土地へ―! そんな状況は、ある意味最高の機会となるはず。実行するなら、今。改めて決意する。         ***  宇宙移住法が成立したのは、ちょうど俺たちが生まれた、13年前。人類の無軌道な活動で疲弊した母星の負担を軽減し、若者に新たな希望の地を与えるための、7光年離れた星への移住計画。片道旅だが、確実に新天地に辿り着けるよう、移住に向く遺伝子を持つ人間を厳選して送り出す―。その取り決めから3年後には第一陣の5000人が旅立った。半年後に、さらに5000人。その翌年には、さらに大きな船の建設が実現し、以降、2倍にあたる1万人ずつが、半年ごとに送り出された。  その旅路は、このように説明されてきた。  出航から3年で、船は宇宙移住法成立のきっかけとなった、ワープ孔に辿り着く。そこを1年かけて潜り抜ければ新天地までぐっと近づき、さらに3年ほどで目的地に到達する―。  これが一般に伝えられている骨子だが。  上級民たちの中でも、ごく一部にしか知られていないことがある。  宇宙に若者たちを送り出す目的は、新しい大地に到達させること。これが、真っ赤な嘘であるということ。言い換えれば、新しい星に辿り着くだけの十分な準備が、この宇宙船にはなされていない、ということ。  …疑惑を起こさせよう。すべては、そこからだ。         *** 「なあ、この船内を、探検してみないか? 今までは地上から監視されていたけれど、これからはそうしたこともなくなるわけだしさ」  故国の星に、そこに残る親類に、最後の別れを告げるこの機会。それは、興奮とはしゃぎと、そして哀しさとが入り混じって大変な騒ぎになるだろう。そんな予測に違わず、複雑な心境と反発するような大はしゃぎの悪ふざけの中で、俺は持ちかけた。この船の中を探検する―本当は、ある探し物をする―ちょっとした冒険を。 「面白そう! どこを探検するの?」 「おい、だいじょうぶか? …まあ、少しなら付き合ってもいいけど」 そんなことを言いながらも興味深げに付いてくる2人の同年代の仲間、フィリとイリアを従えて、俺はこの船のストックヤード(倉庫エリア)に向かった。普段はアンドロイドしか出入りしないから、『冒険』にはもってこいだ。入口は施錠されているが、今日はこのエリアへの出入りが多いし、どさくさに紛れて入り込めば、後は内部のどこでもほぼ自由に見て歩くことができるだろう。  …これまでに、俺は、ほかのエリアを隈なく探索してきた。それでもなお見つけられずにいる“探し物”は、きっとここにあるはずだ。  この船のストックヤードは、広い。当然だ、何しろ1万人の7年の旅を支えるんだから。野菜類は船内の人工光のもと水耕栽培で育てられ、蛋白質は、培養液を使い生成されている。日用品その他必要な物資は、分子分解・合成装置がまかなっているけれど、そんな舞台裏を、俺たち人間が目にする機会は、まず無い。         *** 探検だ! 行くぞ! とあえて意気軒昂に叫び、率先して走り出す。ハッキングで見つけた船の見取り図、ストックヤードの一番奥まったエリア、エンジンルームのすぐ上に、他よりもずっと小さい一角があった。ここがあやしい。そこまで一気に、こいつらを連れて行かないと。そうして辿り着いた先には、他と扉の色が違う倉庫があった。  開けられるか? そう思いながら近づくと、以外にも扉はあっさりと開かれた。まるで、俺たちを待っていたかのように。  予測どおり、中には、俺の探し物と思しきものがあった。ようやく追いついてきた2人は息を弾ませ、速い! ちょっと、テンション高すぎ! と背後で口々に文句を言うが、俺が振り向き奥を指し示すと、すっと黙り込んだ。 「…ねえ、何だろう、あれ?」  指さす先にあったのは、その小さな部屋に不釣り合いな、大きな、箱。         ***  3人でその箱に恐る恐る近づいてみた。中から、何かが動く微かな、だが規則正しい音がする。生き物、じゃないよね? ええ? まさか…。そんなことを言い合いながらそっと、そっと近づいて、呼吸を整えて素早く蓋を開ける。 一斉に飛びずさったが、何かが飛び出してくる気配はない。もう一度、ゆっくりゆっくり近づいて、覗き込むように箱の中を見る。と、そこにはタイマーに接続された、絵に描いたような“時限爆弾”…?  え、爆弾? まじ? だってここ、制御室のすぐそばだよな。そんなことになったら…。震える声でエラムが言う。そうだ、そんなことになったら…。  冷たい汗が、背を伝った。 To be Continued…
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