(3)白と黒の騎士

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(3)白と黒の騎士

 皇宮の外へ出た私は、自分の目に飛び込んできた光景が信じられなくて思わず、すごっ! っと叫びそうになった。  学校の校庭が何個分だろう、ナントカドームが十個くらい入りそうなだだっ広い白い砂が敷き詰められた場所に、右と左に分かれてそれぞれ白と黒の騎士服に身を包んだ帝国の騎士達がズラッと並んでいる。数え切れないくらいの人数だ。  そして皇宮側の敷地には豪華な飾りが付けられた馬車が何台も止まっていた。一番先頭は金ピカの光を放っている四頭立ての四輪大型馬車で、屋根部分は紋章なのか金のレリーフが施されている。車輪に至るまで金で作られているようだ。とにかく目立っていて、もしやあれに乗せられるのか恐ろしくなった。 「うううっ…嘘でしょう! いくら大げさだって言ってもレベルが桁違いだって! ……こっ…これで神殿まで行くの?」 「アリサ様、落ち着いてください。これは聖女様の移動用の準備です。これから、聖女誕生記念のパレードがあるんですよ」 「はっ…へっ……そ…そうなの……あはは……そうだよね」  とてつもない勘違いに恥ずかしくなったが、それより驚き過ぎて腰が抜けてしまい私はその場にへたり込んだ。  横からリルが支えてくれて、地面に這いつくばる事は避けれた。 「どうやらアリサ様の馬車はこちらのようです」  リルが指さした方向を見ると、あの豪華絢爛なパレード隊とは逆方向、草木が生い茂る一角に今にも壊れそうなボロボロの馬車があった。屋根はなく上はガラ空で、所々木材が飛び出している。こんな悲しいオープンカーを見たことがない。痩せた馬が黙々と草を食べていた。 「えっ……嘘……あれ? あれに乗るの!?」  お姫様扱いされるのを望んでいたわけではないが、もうちょっと違う世界から連れてこられた苦労とかを、汲んでくれてもいいのにと叫びたくなった。  聖女でなくても転移者は丁重に扱うと聞いていたが、あれは空耳だったのだろうか。  それとも自分の足で歩かないだけマシだと思えということか……。 「こちらを被ってください。神殿に着くまでは決して脱がないようにお願いします」  リルが薄手のフード付きのコートを手渡してきた。検査で使ったものと似ていて、そこまで熱くはなさそうだが、こんなものを外で被ったら視界が悪くて転びそうだ。  私が嫌そうな顔をしたら、リルはゴボンと歳に似合わないオジサンみたいな咳払いをした。 「聖女様は皇室の方以外にお姿を見せることはありません。普段の外出時はコートを付けることになっております。聖女でなくとも同じ転移者として注目を浴びることを、セイラ様が危惧しておりまして、アリサ様にも外出時は外套を使うように指示が出ています」 「なんじゃそりゃ、みすぼらしい姿を見せるなってことかしら」  変なところだけ同じにしようとするが、それなら待遇をせめて屋根付きにしてくれと頼みたかった。  頭から外套を被せられて、やはり長いフードで視界が悪くなった。もうすぐにでも脱ぎたくなったが、まだここではダメだと大人しくしておこうと力を抜いた。 「運転してくれる人は? も…もしかして、私ひとり?」 「いえ、護衛も兼ねて騎士が二人付くと聞いておりますが……」  リルが首を動かしながら辺りを見渡していると、皇宮の外回廊の方から声が聞こえてきた。 「お前がこの任務にあたるなんて、聞いていたら絶対断ったのに! なんでお前なんだよ!」 「それはこっちの台詞だ。仕方がないだろう。団長直々に声がかかったし、向こうに人手を取られて、単独で護衛で動けるような者は俺しかいなかったんだ。お前こそ向こうに行けばよかっただろう」 「こっちだってそうだよ! 行け、断ることは許されないとかあの石頭に怒鳴られたんだ。つーか、俺一人で十分だろう。さっさと終わらせたいんだ」  何やら物騒というか、怒鳴り合うような声が聞こえてきて、私はリルと顔を見合わせた。  声はどんどんこちらに近づいてくるが、変わらず仲が悪そうに怒鳴り合っていた。  もしかしてあれはちょっと嫌だなとビクビクしてきた。 「引き受けたからには変更できないのは分かっているだろう。嫌でもお前と行くしかない」 「だーーーー! ったくツイてねーなぁ!それで? 偽の聖女さんはどこだよ。選ばれなくてメソメソ泣いてんじゃねーのか」  嫌な予感は的中したようだ。偽の聖女という認識も、これからの時間が憂鬱になりそうな気分にさせてくれる。  どうやら柱の陰になっているからか、お互い姿が見えないようだ。  出て行くべきか迷っていると、リルにポンと肩を叩かれた。 「どうやら、すごいお二人が一緒に行ってくれるみたいですよ。良かったですね」 「へ?」 「おい! 誰だ!?」  リルは小声で話していたが、気配を察知したらしく、急に張り詰めたような空気になった。私はビクッとして腕を抱えたが、リルは平然と歩き出して陰から出て行ってしまった。 「皇宮女官のリルです。アリサ様をお連れしました。アリサ様、どうぞこちらへ」  あぁ丁寧に呼ばれてしまったと、どうやらここでも歓迎されない空気の中、出て行くしかなかった。  すごすごと物陰から出て行くと、それぞれ白と黒の騎士服に身を包んだ男が立っていた。護衛で付いてきてくれる二人だろう。そして先ほどまで言い合っていた仲の悪そうな人達だ。 「転移者様、この度は神殿まで無事にお連れすることを任命されました。黒の騎士団、エドワード・クラブストックと申します」 「同じく、任を受けました。白の騎士団、ランスロッド・ジャックスです」  後に平民になる予定の私の位置が彼らの上なのか下なのか不明だが、今回の道中は一応お客様的扱いをしてくれるらしい。  二人の騎士は膝をついて挨拶をしてくれた。  こんなに丁寧にされてどう答えればいいのか分からず、とりあえず失礼だからフードを取ろうと手をかけたら、リルに止められた。 「アリサ様、先ほど申した通り、これは付けたままでお願いします。他人の前では決してお取りにならないように。お二人についてはエドワード卿とランスロット卿とお呼びください。お二人とも両騎士団で次期団長と呼び声が高い有名な騎士の方です。何事もなく神殿まで向かえると思いますのでご心配なく」 「は…はい。あの、アリサです。どうぞよろしくお願いします」  世話になることは変わりないので、こちらも深々と頭を下げて礼をすると、プっと噴き出すような声がした。  その後に小さくランスロットと咎めるような声が聞こえた。どうやら、何かおかしくて笑われたらしい。 「アリサ様、対外的には転移者様は今のところ、聖女様と同等の扱いとされていますので、そのように頭を下げてはいけません」 「……同等」  フードを被らされたり、お辞儀するなど言われたり色々と制約が多い身である。早く平民になりたいと思っていたら、パーパーっとラッパのような楽器の音が響き渡って、皇宮の別の出口から拍手の音が聞こえていた。 「おっ、どうやらホンモンの聖女さんのお出ましだぞ」 「ランスロット! お前いい加減にしろ!」  偽物と本物とか言われるのはもうどうでもいいのだが、ずいぶんと軽口が多い男である。  フードに隠れていてよく見えなかったが、騎士の二人が立ち上がって、聖女が見える位置まで移動すると二人の姿がよく見えた。  黒の騎士服の男、割と礼儀正しい方のエドワードは、暗い服とは違い、色白で日に透けるような金髪で翠の瞳が美しい男だった。目鼻立ちは整っていて、一般的な女性よりも綺麗だと言えるかもしれない。わずかに垂れた目が色気を醸し出している。誰が見てもモテそうな美丈夫だった。  もう一人の調子の良さそうな白の騎士団の男、ランスロットは、浅黒く火に焼けた肌にグレーがかった黒い髪が印象的だ。エドワードと同じく整っているが、濃い眉と強い瞳は男性的で、青い瞳からは好奇心旺盛な幼さが感じられた。  二人とも背が高く、並んでいると双璧のように心強く感じた。剣と剣の戦いなど想像もできないが、ど素人の私でも漂うオーラから明らかに強者の雰囲気を感じた。  歓声と拍手と共に、皇宮の正面出口から出てきたのはセイラだった。  セイラは宝石が散りばめられた白いドレスを着て、堂々と満面の笑みで手を振りながら出てきた。  あれのどこが姿を晒さないのかと、リルに抗議の目線を送ったが、咳払いをして返されてしまった。どうやら、言い伝えられてきた聖女とセイラは少し違うのかもしれない。リルも苦笑いで困ったような顔をしていた。 「おっ! 目が合った。聖女さんこっちに来るぞ」  ランスロットが楽しそうに声を弾ませたので、まさかと拍手に囲まれているはずのセイラを見ると、輪の中を飛び出してズンズンとこちらに向かって来るところが見えた。  別れの挨拶でもしに来てくれるのかと思ったが、鬼のような形相で明らかに怒っているように見える。  もう、これは嫌な予感しかなくて、私はさっきの柱の陰に隠れようと後退りしたが、一足遅くばっちり目が合ってしまい逃げることができなかった。  □□□
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