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(13)ヒーロー誕生
「いいぞ、そうだ。その調子で腹に力を入れて、頭に思い描いたように自分の周りに魔力を集めてみろ」
教えてもらった通り、体に膜を張るように魔力を集中させたら、上手く定着したようだった。
「……こうかな?」
「よし、それで完成だ。効果は一日といったところだ。朝忘れずにかけるんだぞ」
ベルトランに完成だと言われたが、自分自身ではいまいち実感がわかなくて、鞄に入っていた手鏡を取り出して眺めてみたが、違いが分からなかった。
「ランスロット、私なにか変わってる?」
「いんや。そのまんまだ」
「これは軽い目眩しだ。古い血のやつらには効かない。一般人を防げるならそれで十分だろう」
何はともあれこれで狭い視界から開放された。私は馬車の座席にもたれながら、ぐっと背伸びをして大きく深呼吸をした。
「やったぁー、今日からよく見えるようになった」
「嬉しそうな顔して…のんきだな、アリサは……」
ついはしゃいでしまったら、ランスロットが腕を組みながら呆れたように見てきた。しかし、その口元がわずかに上がっているので、どうやら笑ってくれているらしい。
そんな微かな変化も嬉しく感じて胸が熱くなった。
昨夜のことを考えると、この平和な時間が信じられないくらいだ。
ベルトランとランスロットの活躍は凄まじかった。
隠れていた民家を出た私達に、隣国の魔導士が放った使い魔が襲いかかってきた。
すぐに駆け出したランスロットは、風を切るように剣を振り回して、あっという間に使い魔の犬達を土にしてしまった。
同じくベルトランも光の矢のようなものを放って、群がってきた使い魔達は一瞬で粉々になって消えていった。
私はただ立ち尽くして映画のようなその光景を眺めていただけだった。
間もなくして剣士が三人現れたが、ランスロットは相手が三人でも怯むことなく、突っ込んでいった。
ほぼ剣を合わせることもなく、ランスロットの勢いに弾き飛ばされて、剣士は次々とバタバタ倒れていった。
残ったのは魔導士だったが、すでに使い魔から主人の気配を辿っていたベルトランが、これまたあっという間に魔法で作り出したロープで、二人まとめて縛り上げてしまった。
偵察部隊は精鋭というわけではないが、それなりに腕のいい者を揃えていたはずだ。だが、声を上げる暇もなく一瞬にしてケリがついてしまった。
全員倒した後、物音を聞いたのかエドワードも村人を連れて現れてたので無事を確認できた。
その後、ベルトランが送った信号で、国境の砦から兵士が駆けつけて来てくれて、敵はまとめて引き渡すことができた。
初めは恐怖と緊張で震えていたが、実際に戦う場面を見て、一緒にいるのがいかに強い人達だということがよく分かった。
こんな最強メンツの中で、何もできないことなど当たり前なのだが、おせっかいカーチャンのクセが出てきてしまい、私も何か少しでも役に立ちたいと思ってしまった。
だが、さすがにこのままではだめだと思い、翌日無事に村を出発してから、ベルトランに魔法の教えを乞うことにしたのだ。
まず教えてもらったのは変化の魔法だった。直近の問題で旅の当初、私にのしかかってきた外見について取り掛かることにした。
抑制の効かない者達に姿を見られるとは即暴走の危険があり、四六時中フードをを被っていないといけないというアレのことである。
お腹の奥にあるという魔力が溜まる場所に力を入れて、体に纏うように魔法をかける方法を教えてもらった。
実はかなりの魔力が必要なのだそうが、その辺は規格外の生産量を誇る私には問題ない。
黒髪ではなくこちらでは一般的な茶色の髪に茶色の瞳をイメージした。
上手く定着してくれて、これで抑制のない人間から見ると私はイメージ通りに見えることになったらしい。
悲しいかな、当初悩んだこの問題は黒魔法の発動によって解決したが、発動したことによってできた新しい問題の方が大きいので、それを思うと頭が痛くなった。
「それでもお前は女なんだからな。前の世界じゃゴロゴロいたのかもしれないが、ここでは貴重な存在だ。攫ってでも欲しいってやつはたくさんいるんだ」
「わ…分かった。気をつける」
前の席に座っているランスロットから注意を受けてしまい、こんな時に浮かれすぎてしまったと反省して座り直して姿勢を正した。
「あ…いや、そんなに萎縮する必要はない……。まぁ…そんなことは起こらない。お…俺が守るから……」
「えっ……あ…うん」
ランスロットが真っ赤になって驚くようなことを言ってきたので、私もつられて真っ赤になった。
まるで正義のヒーローのような言葉に恥ずかしくなったが、素直に嬉しいと思えた。
ただ、赤くなった二人の微妙な雰囲気は明らかにおかしいので、ベルトランは鼻でフンっと呆れたように笑った。
今日、御者台に座っているエドワードは、昨夜もやけに静かだったし、村を出た時からずっと無言だった。
「まったく、覚えたてのガキだな」
「なんだと…ベルトラン」
ベルトランが揶揄うような目をしたので、ランスロットはぎろっとベルトランを睨みつけた。
ほんわかしていたのに、いきなり空気が悪くなってしまい、私は慌てて何か別の話題はないのかと考えた。
「あ…あのさ、ベルトランは本来の姿をあの時しか見せてくれてないじゃない?」
「なんだ? 見たいのか? アリサが命じればいつでも変わってやるぞ。あの姿になって昨日の小僧の口直しをしてやろうか」
少年ベルトランが私の顎を掴んできて、妖しげな視線を送ってきた。子供なのに色気がありすぎて咽せそうになった。
「ちがっ…、も…もう! 揶揄わないで! 私、ベルトランの年齢が聞きたかったの」
「この体を使い始めて三十になるな」
ななめ上の回答にポカンと魂が抜けたような顔になってしまった。これは異世界のジョークなのだろうか。
「変わった言い方だね……。それは何か意味があるの?」
「今は言わないでおこう。時が来たら、お前に告げるつもりだ」
頭がハテナで埋め尽くされたけれど、それきりベルトランは猫に姿を変えてしまい、座席の上で丸くなって動かなくなってしまった。
いつもうるさいくらいによく喋る男が静かなのは、濃い霧が胸に立ち込めてくるようなモヤモヤとした気持ちになった。
「もうすぐフリーセルの町に着くよ。ここは港が近くて大きい町だから注意して行くよ」
静かになったところで、エドワードが声をかけてきた。いつも積極的に話しかけてくれるのに、今日のエドワードはずっと静かだった。声にもどこか力がないように思えて、少し心配な気持ちになった。
エドワードがもうすぐと言った通り、間もなくして大きな通りに出たら、沢山の荷を積んだ荷馬車が何台も見えてきた。歩いて移動している者も増えてきて、いよいよ、首都を出て以来の大きな町が見えてきた。
「あれがフリーセルだ。ほとんどの建物に赤い鉱石が使われていて、高台のここから見ると町が赤に染まった海のように見えるから、赤い海の町と呼ばれている。港と首都の中間に位置するから、人や物が溢れる活気のある町だ」
ランスロットの説明に馬車から身を乗り出して見ると、赤やピンクがかった石造りの住宅やお店が所狭しと並んでいて、賑やかな町に見えた。
変化の魔法を覚えてすぐこの町に着くというのは女神のお導きかもしれない。
何しろ私はやりたくてたまらなかったことがあった。
だめだと言われそうで言えなかったのだが、馬車を止めた後、恐る恐る手を挙げてお願いしてみることにした。
「え!? 町で買い物がしたい!?」
私のお願いに案の定、ランスロットは顔をしかめた。馬車を降りたらすぐに、このまま宿屋に直行すると言われてしまった。ダメ元だったが、少しでいいからこの世界の空気を味わってみたかったのだ。
「いいんじゃないか。護衛もいるし、変化の魔法で目立たなくなっているはずだ」
ナイスタイミングでベルトランが許可してくれたので私は踊り出しそうな気持ちになった。しかし、許可したそのベルトランは俺は用事があると言い出した。
「野暮用だが、少し離れさせてもらう。心配するな、お前は契約者だから名前を呼べばいつでも助けに行く」
「あ…悪い、俺も実は…、ちょっと会いたいヤツがいて、九年ぶりなんだ」
ベルトランに続いてランスロットまで抜けると言い出した。幼い頃、この町で暮らしていたことがあったらしく、少しの時間でいいから、その時の友人達に会いに行きたいと言われてしまった。
そんなことを言われたらダメだと言えるはずもなく……。
「頼んだぞ、エドワード!」
ベルトランは何も言わずにさっさと消えてしまい、ランスロットは手を振りながら、颯爽と行ってしまった。
結局、少しと言わずゆっくり会ってきなよと言って送り出すことになった。
「さぁ、俺たちも行こう」
二人が抜けて、エドワードと二人きりになってしまった。
私は分かったと頷いた後、町の中心部に向けて歩き出した。
ついさっきまで浮かれていた気持ちが、今日のおかしなエドワードの態度に、空気が抜けたように萎んでしまった。
横に並んでいるが、やはり会話をすることなく、気まずい空気の中、私は待望の異世界でのはじめてのお買い物に繰り出すことになった。
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