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(12)二度目のキス
辺りは暗くなり、窓から月の光が差し込んできた。
私の頬に手を当てて、ランスロットの顔は静かに近づいてきた。
私は目を瞑るタイミングを逃して、近くなるランスロットの顔をじっと見つめていた。
黒に近い深いグレーの髪はよく見ると青みを帯びていた。それは、彼の青い瞳と同じで、神秘的な美しさがある。
野生的な目元はいつもより細められていたが、強い眼差しは食らいついて離さない獰猛な獣のような気配を感じられる。
自分は治療のため、ランスロットは仕事の一環、そんな括りで考えてみるしか、この状況を受け入れることができなかった。
それなのに、なぜこんなに胸が揺れるほど心臓が騒いでいるのか理解できなかった。
「……アリサ」
ランスロットが掠れた声で私の名前を呼んだ。そんな声で呼ばれたら、まるで強く求められているように錯覚してしまう。
思わず目を閉じたら、唇に柔らかくて温かいものが触れた。最初は躊躇うように軽く触れて離れて、すぐにまた重なった。
「……んっ………」
くちゅりと合わさったくちびるから音が鳴って耳に残るように響いてきた。ベルトランとキスをした時は、何が何だか分からずに無我夢中に奪われるように終わってしまった。
わずかに開いた口内に、遠慮がちにランスロットの舌が入ってきたが、入れたはいいがどうすればいいのか迷うように動かなくなってしまった。私は自分の舌先を使って迎い入れるようにランスロットの舌をペロリと舐めた。
その瞬間ランスロットの体はビクリと揺れて私の両腕を掴む力が強くなった。
「んっっ…ふ……んんっ…!」
ランスロットの中で堪えていたナニかが外れたのか、急に勢いが増して口内を犯されるように舌を動かしてきた。
歯列をなぞり、舌の付け根までじゅるじゅると吸われるように舐められた。
「あ…はぁ…はぁ……、んっ……ぁ……」
気がつけば私は壁に押し付けられるようにして、ランスロットの激しい口付けを受けていた。室内に荒い息遣いと、くちゅくちゅと卑猥な水音が響き渡っていた。
ランスロットの口付けは、最初は戸惑ったものの、始まれば気持ち良くて、流されるように夢中になってしまった。
身体中が熱くなりお腹の奥にあった熱さが外へ出て行こうと体の表面に集まった。
「んっ……あぁ……!!」
ランスロットに背中を撫でられたら、ゾクゾクとした快感が湧き上がってきて、思わず変な声を上げてしまった。
するとそこで私の体は発光して、その光は肌の表面に集まった熱と共に、蒸発するように消えていった。
「はぁ…はぁ…ぁ…ラ…ンスロット?」
ようやく唇が離されてまともに息を吸うことができた。酸欠になりそうだったので、必死で息を吸っていると、ランスロットは私を見つめたまま動かなかった。
いつもと違う雰囲気に目線を上げて様子を見ると、ランスロットのわずかに開いた口にキラリと光る鋭い歯が見えた。丸で獣の牙のように左右に一本ずつ長く鋭い歯が出ていた。
「えっ……」
ヴァンパイアなんて言われても現実感がなく、今まで彼らは同じ人間だとしか思えなかった。
しかし口元に光る牙の存在が、その違いを表していて、私は恐ろしく感じて体を強張らせた。
「…だ…めだ、がまんで…きな……」
ランスロットは必死に堪えるように顔を歪ませて、大粒の汗を垂らしていた。
ぽたぽたと落ちてきた一粒が私の頬に落ちてその重さで顎の下へ流れていくのを感じた。
「アリサ……血を……俺に……」
壁を背にして逃げ場のない状態、私は恐怖で金縛りにあったように動けなかった。ランスロットは目をギラギラと光らせながら上からのし掛かってきた。その唇が首すじに付いたあと、鋭い牙を当てられた感触に思わず大きく息を飲んだ。
その時。
パコーーーン! と気持ちのいい音が響いて、ランスロットが真横に吹っ飛んだ。
ランスロットは床に転がって頭を押さえて痛がっているが、私は一瞬何が起きたのか分からなかった。
ランスロットが倒れている床に、同じく転がっている椅子を見つけて、あれが飛んできたのだと気が付いた。
「あの程度の魔力吸いで理性を無くしそうになるとは修行不足だな。というより、女の経験が少なすぎてお前には役不足だったようだ」
「…っ……いっ……て!! クソ! 何すんだよ!」
暗闇からヌッと現れたのはベルトランだった。今は子供の姿で、一本挙げた指をクルクルと回しながら、最後にくいっと自分の方へ曲げると、転がっていた椅子が勝手に動いて元通り机の前に収まった。
「俺はオールドブラッドだ。コントロールできるから、暴走して魔物になどなるわけがない!」
「魔物にはならないかもしれないが、オオカミになるところだっただろう。まだ白魔力が完全ではないんだ。バランスを崩すから吸血は自重しろ」
頭を押さえながら真っ赤になって怒っていたランスロットだが、言い返せなかったようで、言葉を詰まらせてムッとした顔になった。
「大丈夫か? アリサ。こんなに早く来るとは…最初にもっと解放してやるべきだったな。今度はあの男がガッついて根こそぎ吸い尽くしたからしばらくは待つだろう」
「吸う? 開放するだけじゃなくて吸収もするの?」
「ああ、外へ放つこともできるし、自分に取り込むこともできる。だから、強い黒魔力を持った者でないといけないんだ。もともとの器のデカさが違うからな」
ベルトランの言葉に、複雑だった女王の力を受け継いだ私の取り扱いについて、やっと何となく分かってきたような気がした。
「それより! エドワードはどこに!? 村の人は大丈夫なの?」
「エドワードはここに来てすぐ、事態を把握して村の人間を地下貯蔵庫に避難させた。敵はエルジョーカーの偵察部隊、魔導士二名と剣士三名が村の奥まで入り込んでいる」
「はっ…! その程度じゃ朝飯前だな」
ランスロットは何でもなかったように軽い身のこなしですくっと立ち上がった。体からは力がみなぎっているように見えた。
「有り余るくらい力を貰ったらしいな、その分期待しているぞ、まずは俺が番犬を始末して行くからついて来い」
ベルトランはまた闇に溶けるように、部屋の暗闇にすっと姿を消した。
私も足手まといにならないように付いていこうと思い、外に向かおうとするとランスロットが手を掴んできた。
「その…わ……悪い。怖かったよな。止めるつもりだったんだけど…すまない」
先ほどは恐ろしかったが、今目の前にいるのはいつものランスロットだったので、私はホッとしてわずかに震えていた手を握り返した。
「いいよ、ちょっとびっくりしたけど。…あ…あの、手伝ってくれてありがとう」
解消方法に関しては慣れないが、あのおかげで頭痛が消えて頭がスッキリとした。
「お……おう。次は…もっと上手くやってやるよ」
ボソリと呟きながら今度は私より先にランスロットが外へ出て行った。
次、という言葉に、ん? と思ったが、今はとにかくエドワードの元へ急ごうと二人の後を追ったのだった。
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