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(24)セイラの誤算
「失礼します」
ミルが運んできてくれた食事を食べていると、レナリア神官が部屋に来てくれた。
聖女一行が神殿に到着してから一日、部屋の中では神殿内の様子が分からないため、ミルに頼んでレナリアを呼んでもらったのだ。
私は急いで口の周りを拭いて、立ち上がった。レナリアはそれを優しく手で制して、どうぞ続けてくださいと言って微笑んだ。
「レナリア神官、わざわざすみません」
「いいえ、私もアリサ様にお伝えしたいことがあったので、お顔を見に行こうと思っていたところです」
ひとりで食べるのも寂しいと思っていたので、レナリアが来てくれてホっとして胸が温かくなった。
レナリアも疲れていたのか、ミルが淹れてくれたお茶を飲みながら一息ついたようだった。
「今はどんな様子ですか?」
「聖下が神託の間に入られてから、聖女様と皇子殿下、専属の騎士数名は続きの間で交代で待機しております。実は色々と噂を聞いて参りましたので、アリサ様の耳にも入れておこうかと……」
「噂ですか……」
「ええ、どうやら今回の聖女であられるセイラ様ですが、どうも評判がよろしくないようで……。皇子殿下が大変ご執心であるというのは前から変わらず言われていますが、どうも魔力の方が問題のようです。抑制具が思うように……、いえ、一つも完成できないようで大きな問題になっているそうです」
「ええ!? 確か…前の聖女が力を込めたものは使い続ければ壊れるからって……」
「そうです。そのために白魔力を増やす訓練があるのですが、それもまともに受けていないようです。しかも、何かと要求が多くて関係者は対応に苦慮している……と」
あんなに順調そうに見えたセイラに何があったのだろう。
彼女のような恵まれて生きてきたタイプは、一つ上手くいかないと、そこで拗れてしまうのだろうか。
御神託はヨハネスを通して、イシスの言葉を聞ける唯一の機会だ。
ヨハネスは時々、個人的にイシスと会話が出来るらしいが、正式に儀式として言葉を受けるには、この聖女参拝は重要なものらしい。
「それと、アリサ様の護衛騎士を務めていたランスロットとエドワードですが、今回の参拝に姿はありませんでした。やはり、国境の方が騒がしいのでしょう」
「そうですか……」
エドワードの言葉を信じていないわけではなかったが、この状況では仕方がない。ヨハネスの吸血で私の体は正常を保っているので、しばらくは何もせずとも問題ないと言われている。
大人しく儀式が終わるのをこの部屋で見守ろうと思いながら、レナリアとゆっくりとした時間を過ごした。
しかし、何事もなく過ぎていくと思われた時間は、予期せぬ訪問者によって破られてしまうことになる。
聖女一行が来て二日目の朝を迎えたこの日、朝の支度が終わり本を読んでいたら、ドアの向こうから何やらガタガタとした足音と困りますというミルの声が聞こえてきた。
間もなくしてドカンという大きな音とともに、目の前のドアが開け放たれた。
そこに現れた人の姿を見て、私は驚きで目を見開いた。
「せ…セイラ」
「久しぶりね。聖女の出迎えに顔も見せないで、何様なのかしら?」
亜麻色の髪をなびかせて白いドレスに身を包んだセイラは、前に見た時よりもずっと美しさに磨きがかかっているように見えた。
セイラを止めようとしたのか、セイラの後ろで廊下に転がっているミルの姿が見えた。
いくら聖女様でも、神殿まで来てやっていい事と悪い事がある。
私は息を飲み込んでぐっと手に力を入れた。
「セイラ、ここは神殿だよ。巫女見習いのミルを突き飛ばしたの?なんて事を……」
「使用人ごときで何よ! どうだっていいでしょう。それより、ランスロットとエドワードは?どこにいるの?」
セイラは聖下であるヨハネスの部屋にズカズカと入ってきて、首をぶんぶんと動かして二人を探し始めた。
「ここにはもういないよ。私が到着してすぐ国境の警備に……」
「何ですって!! あのクソ皇子! 使えないんだから! どんどんシナリオが変わってしまうじゃないの! 早く白魔法を使えるようにならないといけないのに!」
セイラは可愛らしい顔をぐわっと歪めて顔を赤くしながら怒っていた。
相変わらず最後まで人の話は聞かないし、訳の分からないことを言い出して嵐のような女だ。
私が呆れた顔で椅子に座ったままだったのが余計に腹が立ったのか、私の前にツカツカと歩いてきて、仁王立ちで睨みつけてきた。
「言っておくけど、これは私のために用意された世界なのよ。私は主人公で、アンタは巻き込まれ召喚役のモブ男!」
「はい!?」
「序盤で前の世界の説明だけして、すぐに平民落ちするだけの名前すらないモブキャラの男なのよ! それがなに? 女でしかも向こうでは平凡だったくせに、この世界では珍しい容姿? そんなの知らないわよ! どこまで私の邪魔をしたら気がすむわけ?」
「………セイラ? ……何をいってるの?」
イラついて怒りが収まらない様子のセイラは、ヨハネスの執務机の上にどかっと腰を下ろしてキッと睨みつけるように見下ろしてきた。
「アリサは前の世界でも冴えないビンボー人だったのよね。いいわよ、話してあげるわ。ここが本当はどういうところなのか」
バカにしたように笑いながら、セイラの口から語られたのは驚きの内容だった。
「……ラブラブどっきゅん、イケメンヴァンパイア達とハーレムゲーム」
「そう、スマホのゲームでうちのパパが出資していた会社が開発したものよ。かなり大ヒットして、話題になっていたけど、やっぱり知らなかったのね」
セイラの口から語られたことが理解できなくて、私は状況を確認しながら頭の中を整理するので精一杯だった。
セイラによるとこの世界は、大人の女性向けのちょっとエッチなスマホゲームの世界で、主人公が異世界に召喚されて、イケメンヴァンパイアを次々と攻略して落としていく逆ハーレムゲームらしい。
ゲームには疎いし、そんなジャンルがあることすら知らなかった私は、唖然として信じられなかった。
プレイヤーは主人公で、その容姿は黒い影で表現されていて出てこない。名前も自分で設定するタイプらしく、プレイヤーが世界に没頭できるようになっているもの、だということらしい。
攻略対象は国の皇子ハルシオン、騎士のランスロットとエドワード、そしてヨハネス聖下。まさに私が会ってきた人物ばかりで驚いた。
本来であれば、主人公はまずハルシオン殿下に見惚れられて、その後は専属の護衛騎士となるランスロット、エドワードを攻略、最後に聖女参拝で神殿を訪れてヨハネスを攻略して、全員から求愛されてハッピーエンドとなるらしい。
基本的に全員聖女である主人公に一目惚れ状態からスタートするので、ほとんど攻略という攻略はなく、単純に大人な展開を楽しむためのゲームということだった。
それが、一緒に巻き込まれて召喚する役の男が、なぜか私になってしまったことで、セイラのゲームは思い通りの展開ではなくなってしまったらしい。
「本当なら私は全員に愛されることで、白い魔力が高まって聖女として開眼するの! それが何!? ハルシオン殿下しか釣れないってどういうことよ! これじゃいつになっても聖女の力が使えないじゃない!」
怒りが収まらないのか、机をドンドンと叩きながら、セイラは今にも暴れ出しそうになっていた。
「皇子は全然使えなくて、吸血させてみたけど、血は不味いって言われるし、早く聖女にならないと……」
ここまでが、セイラがゲームから得ていた知識だが、そもそも違う点があった。それが、この世界を作り出したと言われる女神イシスだった。
「そもそも女神イシスって何? ゲームではただ、神様としか表記されてなかったのよ」
「なるほど……、もしかしたらある程度ゲームの世界と似通ったものではあるけれど、全く違う世界でもあるのかもしれない」
「は? 何よそれ」
「名前とかそういうのは、イシスが記憶を変えたのかもしれないし…、なによりミルドレッドのこと、セイラは知らないでしょう?」
「ミルドレッド? 何の話?」
私はセイラにミルドレッド女王の話をした。ただ珍しいだけではなく、私の容姿はミルドレッドと同じ黒髪黒目、そしてその力を受け継いでいること。
そしてもう一人、セイラの話に出てこなかった、ベルトランについても話した。
「何よそれ! そんな話知らないわよ! 何よその女王って……、べる…ベルトラン? 知らないしそんな男!!」
「落ち着いて…、だからきっとこれは単純にゲームの世界ってわけではなく……」
「いいえ! これはゲームの世界で私は主人公なのよ! おかしな事を言っているのはアリサの方よ! 明日、それを証明してあげるわ」
納得できないと髪の毛を振り乱しながら、セイラは立ち上がって退室するのかドアの方へ歩き出した。そして途中でピタリと足を止めて私を振り返ってきた。
「明日、聖下の御神託で私は完璧な聖女だと認められるはず。ゲームではその場で聖下は私を見て恋に落ちるのよ。それを証明してあげる。そして、ランスロットもエドワードも……全部……全員私のものよ!!」
最後の方は叫ぶようにして、セイラは部屋から出て行ってしまった。
セイラから得た情報で次々と色々なことが明らかになったが、やはり、私が考えた似ているようで違う世界というのがしっくり来るような気がした。
明日、神託の場で何が起こるのか。
このまま部屋でじっとしているわけにもいかず、私は急いでミルのところへ向かった。
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