(13)潜入エルジョーカー

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(13)潜入エルジョーカー

  「一晩、十スートだよ」 「じゃあ一部屋お願いします」  腰に下げたバッグの中からコインを取り出して、カウンターの上に置くと、恰幅のいい女主人はまいどと言って、コインを懐に入れた。 「おや、弟さんかい。二人で旅でもしているのかい?」  私の後ろにちょこんと隠れるように立っていたベルトランを発見した女主人は、嬉しそうに笑ってベルトランの頭を撫でた。  ベルトランのこめかみに皺が寄ったのが見えたが、無言で目を瞑っていた。どうやら耐えてくれたらしい。なかなか大人になったと思いながら、私はクスリと笑った。 「僕達、親を亡くして……王都まで仕事を探しに行くんです。向こうには親戚もいますから」 「偉いねぇ、アンタだってまだ幼いじゃないか。頑張っておくれよお兄ちゃん」  女主人はバンバンと強い力をこめて私の背中を叩いてきた。ベルトランの眉間に今度こそ深い皺が刻まれたので、私は急いでベルトランの手を引いて指定された二階の部屋に向かった。 「幼いって…私のこと何歳だと思ったのかな。まるで子供扱いのような気がした」 「仕方ないだろう。そんな格好をしていると、アリサは余計幼く見える」  そうなのかと思いながら、自分の服装を改めて見てみたが、この世界の町民の一般的な格好だった。  半袖シャツに麻の吊りズボン。個人的には動きやすくて気に入っている。  髪はどうせすぐ伸びるので、肩下くらいまで切って帽子の中に押し込んでいる。  ここはエルジョーカー国の小さな町にある一般的な宿屋だ。  私とベルトランは現在唯一通行が許されている商人の一団に紛れ込んでエルジョーカーに入った。  外国を行き来できる商人は魔法がかけられた身分証などの提示が必要だが、ベルトランは上手いこと偽物を作ってくれたので、国境でも止められることなくすんなり入ることができた。  私は行動しやすいように男の格好をして、名前はアリストと名乗っている。  子供姿のベルトランの方が小さいので、ベルトランは弟として行動している。  目指すは王都バカラ、エルジョーカー国の力の中心地であり、必ずそこに連れて行かれただろうと予想していた。  町には商団の荷馬車が多く止まっていて、頼めば荷台に乗せてもらえる。まずはこのまま無事に辿り着くことが目標だ。 「兵士の数が増えてきた。帝国は交渉を続けていると思うが、場合によってはすぐに衝突することになるかもしれない」  部屋に入り、二階から外を見下ろすと、エルジョーカーの赤い軍服を纏った兵士達がうろついていた。確かに見かけることが多くなってきた。 「こちらとしては好都合だ。混乱してもらえれば動きやすくなる」  いつの間にかすぐ後ろに立っていたベルトランは大人の姿になっていた。いつも勝手に姿を変えるが、大人の姿になるのは私といる時だけだ。それが、守護者の契約らしい。  ベルトランは後ろから抱きしめてきて、私の首筋をペロリと舐めた。 「んっ……」 「……アリサ、食べたい」 「え……、だって…昨日も……」  私の軽い制止などまったく気にすることなく、ベルトランは後ろから器用にシャツのボタンを開けてしまう。  あの襟元で隠れた場所には、すでにベルトランに付けられた痕がまだ残っている。  毎日吸血するのは作用が強すぎるので噛まれる事はないが、ベルトランは牙が刺さった痕を舐めてくる。 「はぁ…はぁ…はぁ…」  この噛み痕を舐められるという行為は、まるで噛まれている時と同じくらいの快感に襲われる。  息が上がって涎まで垂らしてしまう。下半身は言うまでもなく、漏らしたように濡れていた。 「ベッドに行くぞ」  頭も顔も緩みきって私はベルトランに何も考えることができない世界に連れて行かれる。  こんな光景をさきほど仲良しの兄弟だと思ってくれた女主人が見たら驚いで叫ばれてしまうだろう。  敵地に来てこんな事をしていていいのだろうかと自分に呆れてしまうが、ベルトランの赤い瞳に見つめられると下半身が濡れてしまうというとんでもない体になってしまった。  魔法をかけられているとでも思い込まないと、恥ずかしくて顔も上げられない。 「あ…ぁ…ベル………」  ベルトランの手に導かれて、快感の闇に落ちていく、こうなるともうそれしか考えられなかった。 「ここは壁が薄い。少し抑えろ」  シーツの波の中へ身を委ねて、ベルトランから与えられる熱さに溺れていった。  目を開けるとまだ日が昇る前で、部屋の中は薄暗かった。  肌寒く感じてベルトランの方に身を寄せると、無意識なのかぐっと引き寄せられて抱きしめられた。  ベルトランは寝ている時、私が側にいるからか大人の姿のままだった。人形のように整った顔がすぐ近くにあるので、ぼんやりと眺めてしまった。  小さく寝息の音が聞こえてきて、ちゃんと生きているのだと思った。  私にとってベルトランはそんなことが心配になるくらい、繊細で壊れやすい人のように思えた。  いつも険しい顔をしているのに、今は無防備で穏やかな顔になっている。そんな変化に胸が温かくなるくらい嬉しくなってしまう。  ベルトランがなぜ私の守護者になってくれたのか、今考えても分からない。  ベルトランのおかげで生き延びてここにいられるというのに、本人に聞いてもうまくかわされてしまい結局分からないままだ。  ベルトランとも治療の関係を超えて、もう何度も体を繋いでいる。行為が始まれば、壊れそうなくらい激しく私を求めてくれるけど、終わるとどこか距離を感じるのはなぜだろう。  あと一歩踏み込もうとすると、するりと逃げられてしまうみたいに、ベルトランは心の内を明かしてはくれない。  それが無性に寂しくて、怖かった。  じっと見つめていたら、ベルトランの瞼が揺れてうっすら目が開いた。  起こしてしまったのかもしれないと、謝ろうとしたら、ベルトランはふわりと嬉しそうに笑った。 「ミルドレッド」  私の髪に触れた後、またすぐ目を瞑って気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。  私は目を見開いたまま、何が起きたのか分からずに呆然としていた。  ベルトランの口から出た女王の名。  どうして私のことを……そう呼んだのか。  血の記憶、以前そう説明された。  それは黒髪黒目という曖昧なものであったはず。  私がミルドレッドに似ているから見間違えたのか。  そもそも、ベルトランが魂の形を見えるのだとしても、相手ははるか昔の伝説のような女性だ。実際のミルドレッドに会ったこともないのに…、見間違えるという表現が正しいのか。  色々な疑問が頭の中をぐるぐると渦巻いて、今まで見たこともない優しい笑顔が頭から離れそうになかった。  切り立った崖を抜けたところで、遠くに見える高い城壁を指差して、あれが王都バカラだと気のいい商人のおじさんは教えてくれた。  荷物の隙間から仰ぎ見てその見事に積み上がった城壁と、堅牢な城構えに目を奪われて、ため息しか出なかった。  皇宮は豪華絢爛という言葉が当てはまったが、崖の上に建てられたエルジョーカーの王国は、まさに剣と魔法の世界を意識させるような無骨でありながら立派なものだった。  難なく最初の門を抜けたところで、商人の一団に別れを告げた。  坊主、しっかり働けよなんて声をかけられて手を振ってくれたので、なんとも言えない気持ちで振り返した。  石造りの城下町は沢山の人で賑わっていた。 「いいか、ここからはのんびりした空気とはおさらばだ。ここはエルジョーカーの本拠地、この地全体に自国の魔導士のみに適応される強化魔法がかけられている。話しかけてくるヤツは全員敵だと思え、夜を待って行動に移す」 「……分かった」  両国の間に戦いの空気が流れ始めていて、もしかしたらもう国境は封鎖されているかもしれない。ちょうどいいタイミングでここまで来ることができた。  まずセイラがどこに捕らわれているかを確認しつつ、夜を待って行動に移す事になった。 「アリサにこれを渡しておく。彷徨う種だ」  ベルトランは私の手のひらに、その名の通り大きめの種を載せた。 「魔塔で作っていたものだ。俺の魔力とヨハネスの魔力を混ぜて作った魔法具だ。どこにいても一度だけ好きな場所に戻ることができる。セイラを確保したらこれで戻るぞ。床に投げたら光の輪ができるからその中に入ると転送される。短時間で消えるから注意しろ」  見た目はクルミみたいで美味しそうだなと思いながら手の上で転がしていたら、ベルトランがまた気をつけろと言ってきた。 「一つしかないし、買えば国家予算並みに貴重なものだ」 「ええっっ…!! そんなの持たせないでよ! 手が震えて……」 「行くぞ」 「ちょっ…ベルトラン! 待っててばーー!!」  緊張しながら種をポケットにそっと入れて、スタスタと歩いて行ってしまったベルトランを追いかけて私は走り出した。  □□□
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