(15)雨上がり空の下【ベルトラン】

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(15)雨上がり空の下【ベルトラン】

「お前は死んではいけない」  初めてそう言ってもらった時、それは俺にとって生きる希望の言葉だった。  それが最後は足枷になり、呪いのように俺にしがみついて離れなくなった。  ¨ベルトラン¨  彼女がそう呼んでくれたとき、今度こそ、今度こそ、貴方のために死ねると、そう思っていたのに……。 「くっっ…ぁぁぁ……うううっっ」  強烈な頭痛に頭を掻きむしるようにして飛び起きた。  呼吸が上手くできなくて、吐き気にむせながら喘いでいると、誰かが近くに来た気配がした。 「まだ毒は完全に抜けていないので、体が慣れるまで動かないようにしてください」  歪んでいる視界に映るのは、ヨハネスだった。 「あ…アリサは!? ここはどこだ!?」 「神殿の治療室です。種の目的地をここに設定していたでしょう。一週間前、ベルトランはセイラと空から落ちてきました」 「………一週間前?」 「ええ、そうです」  ヨハネスの声には暗い絶望を感じる響きがあった。  アリサとセイラを救うためにエルジョーカーに侵入して、セイラを見つけ出したが結局俺は負傷して、アリサは俺を助けて……。 「アリサを連れて出たと聞いてから予感はしていましたが、まさか貴方の方が戻ってくるとは思いませんでした。本当に大バカ者ですね」 「くっ……俺は……俺はまた……」 「本当はもっと責めたいところですが、貴方の体からはアリサの白魔力が溢れています。毒に侵された貴方をアリサがありったけの力を使って癒したのだと考えられます。私にはアリサの意思に反することは言えません」  頭は真っ白になって何も考えられなかった。自分の体に残るアリサの匂いが余計に胸を苦しくさせる。 「なぜアリサが貴方を助けたのか、よく考えてみてください。それとも、貴方が見ているのはまだ、アリサではなく、彼女なのですか?」 「俺は………。俺の心にあるのは………」  焼け焦げた臭い、瓦礫が積み重なった中で俺は灰色の空を見ていた。  両親を戦争で亡くした。  戦乱の世、孤児とになり残飯を食い漁り、一人何とか生きていたが、再び戦いに巻き込まれて、俺はついに力尽きようとしていた。  ぽつりぽつりと顔が濡れていく、最後に見る景色が雨だというのは、俺のクソみたいな人生にぴったりだと思った。  孤独で汚くて、生きる目標なんてない、雨のように残酷で冷たい人生だった。 「……私と一緒にくるか?」  声が聞こえた。  俺の側に立ち、雨を防ぐように覗き込んでくる。 「……あ……ぁ……」 「もう喋れないのだな。それなら……私が決める。お前は死んではいけない。お前を助けてやろう」  光が見えた。  眩い光に包まれて、力の入らなかった体に、命が込められたように力が戻っていく。癒しの力白魔法、誰が女性が助けてくれているのだと分かった。 「体は癒えたがお前の目には力がない。それならば、私の力になってくれないか?」  すっかり動くようになり、目もしっかり見えるようになった。  俺は自分を助けてくれた人をその時、はっきりと見ることができた。  長い黒髪が風に靡いて輝いていて美しかった。髪と同じ、黒い瞳の中に、ポカンと口を開けた俺の顔が映っていた。  その瞳の強さに惹かれて、俺は導かれるように頷いた。 「私の名は、ミルドレッド」  いつの間にか空は晴れていた。  灰色の空は真っ青な空に変わり、眩しいくらいの太陽の光が二人を照らしていた。  小さくか細い声でその名を呼んだ。  その日からその名は俺の宝物になった。  戦いの後、瓦礫の山から俺を救い出してくれたのは、王国で働くミルドレッドという女だった。  生まれた時から強い白魔力を持っていて、一時は奴隷になったが、その珍しい容姿を買われて王の居城で働いていた。  治療部隊として戦地に赴いていて、そこで瀕死だった子供の俺を助け出した。  ミルドレッドは王城の下働きであったが、王子達に気に入られていた。その力を利用して俺に魔塔で魔導士として学べる道をつけてくれた。  俺はいつか必ずミルドレッドの力になると心に決めて、必死で魔法を学んだ。もともと黒魔法が多かった事もあり、成長ともにぐんぐん力をつけていった。  ミルドレッドは時々俺の様子を見に魔塔に来てくれた。いつもくだらない話をして俺を笑わせて、俺がいつかミルドレッドの専属魔導士になると言うと、専属を持てるほどそんなに偉くなるつもりはないなんて言って笑った。  しかし幸せだったのはここまで。  俺のところを訪れる度に、ミルドレッドの笑顔は減っていった。  俺には気持ちを話しやすかったのか、いつだったか悩みがあると言われた。  ミルドレッドは四人の王子達に全員に好かれていた。そしてミルドレッドもまた王子達全員を愛していた。  一般人であれば多夫であっても珍しくないのだが、王家となるとまた話は別だった。  争いの火種を作らず、世継ぎの問題もあるので、必ず王子には一人の妃と決まっていた。  ミルドレッドは悩んでいた。  誰一人決めることができない。このままでは、王子同士の争いが起こってしまうかもしれない。  それならばいっそ……。  その先は語ってくれなかったが、いつも明るく笑っていたミルドレッドは、悲しそうに笑っていた。  しばらくして俺は力を認められて、宮廷魔導士となった。  ミルドレッドの側で働けることに喜んでいたが、事態は残酷な方向へ動いていた。  まずは一番下の第四王子が毒に倒れた。  一番気が弱く、優しい性格だったためか、最初の標的になってしまった。  仕掛けたのはどの王子だか分からない。残った三人の王子は自分の身を守り、ミルドレッドを手にするために剣を取った。  そこからは血で血を洗う恐ろしい戦いが始まった。王子同士が殺し合ったのだ。  勝ったのは一番武力に優れていた第一王子だった。  第一王子は目的の通り、自分の妃にミルドレッドを指名した。  そして、ミルドレッドと第一王子は結婚した。祝福の雰囲気とは言い難い。国全体にひどい殺伐とした空気が流れていた。  そして、大きな悲劇は幕を閉じる。  毒に侵されていた第四王子が目覚めたのだ。  兄弟一魔力が強かった第四王子と第一王子の最後の争いが起きた。  地方に送られていた俺が戻った時、ミルドレッドは二人の王子が殺し合った血溜まりの中に佇んでいた。  王子達はお互い致命傷を負って絶命。  一人残されたミルドレッドは、どこか遠くを見つめながら泣いていた。  俺は血溜まりの中からミルドレッドを救い出して、ミルドレッドの右腕となり、片時も離れることなくミルドレッドを守ることを誓った。  そして、悲劇のおまけは王の死だった。  病死であったが、それによって空位となってしまい、各地で争いが勃発した。  そこで立ち上がったのがミルドレッドだった。  すでに聖女並みの白魔法の使い手であったが、イシスの祝福を得て黒魔法が体に宿ったことを宣言した。  そして、自らの血に力が備わっていると言って、その血を分け与え始めた。  最強の軍団を作り出し、国内を平定、他国へと侵略していった。  ミルドレッドは伝説の女王になった。  そして俺はその隣にいて全てを見てきた。  ミルドレッド女王の専属魔導士ベルトラン。  俺の唯一の名前。 「ベルトラン」  貴方が私を呼んでくれる声が、少し幼く感じるのは気のせいだろうか。 「聞いている? また寝ちゃったの?」  見た目が子供じゃなくて、本当に子供なんじゃねーのと、男の声が聞こえた。 「疲れちゃったんだね。きっと」  あの程度で疲れていたら魔導士失格だよ。まったく、膝を占領するなんて…。  また別の男の呆れたような声が聞こえた。 「いいよ。こうやってると、弟が疲れて寝ちゃった時を思い出すな。頼られてるような感じて温かくて……嬉しいんだよね」  頭を柔らかい手でふわりと撫でられた。  気持ちいい…。  ずっと、ずっとこうしていたい。 「ふふっ…子守唄でも歌ってあげようか」  優しい手。  異国の歌。  知らない。  こんな貴方は知らない……。  貴方はいつも、たくさんの男に囲まれていたが、孤独で……死んでいった男達のことをずっと愛していた……。  俺のことなんか。  見てくれなかった。  どんなに求めても…俺のことを……。  好きになってくれなかった。 「どうしてですか!? どうして……、俺を守護者にしてくれないのですか!?」  王座に座る貴方に向かって膝を折り、必死に頼みこんだ。もう……何度目か分からない。 「だめだ…。お前は私のために死んではいけない」 「貴方のためなら、貴方が救ってくれた日から……俺の命は貴方のものです! 俺は…貴方が好きなんです! ミルドレッド様!」 「………、ベルトラン。お前は恩を愛だと勘違いしている。ちゃんと恋をして愛する女と幸せになるんだ」 「そっ…そんなの!! いらない! 俺は…俺は貴方と……」  俺の方なんて見てくれなかった。  何度も好きだと言って守護者になりたいと願い出たのに……一度も首を縦に振ってくれなかった。  好きだと言う俺を哀れみの目で見ながら、他の男達と寝所に消える。  それでもいい。  それでも……貴方の側にいられるならそれでいいと思っていたはずなのに……。  別れの日は来てしまった。  □□□
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