(18)ご褒美ディナーは誰の手に

1/1
前へ
/51ページ
次へ

(18)ご褒美ディナーは誰の手に

 城の至る所で黒煙が上がっていた。  鼻が曲がりそうな煙の臭いを吸って、私はゲホゲホとむせた。 「大丈夫ですか? もうすぐ外に出られます」  アンナが私の背中をさすってくれたので、ありがとうとお礼を言ってまた歩き出した。  あの閉じ込めれていた部屋を出た私は、廊下で待っていてくれたアンナに連れられて、城下への抜け道にたどり着いた。  隠し扉の中は薄暗い階段になっていた。階段はずっと下に伸びていて、地下まで降りる構造になっているらしい。 「本当に私と一緒に行かれないのですか? 夫に頼めば国境まで一緒にご案内しますよ」 「そこまでしてもらうのは悪いよ。戦乱を避けて逃げる人達に付いてここから離れたら、後は何とかなるから」  アンナは最後まで王の命令を忠実に守ろうとしてくれた。この城で王の事を一番思っているのは彼女かもしれない。ほとんどの兵は反乱軍にすぐ寝返ったらしい。  階段を降りながら他の人達も王について教えてくれた。  ユリウスは残虐で非道な行為を繰り返していると言われていたが、彼自身はほとんど戦場にいて城にはいなかった。  代わりに城で統治を行っていた側近の者達が、王命令だといって好き勝手やっていたのだ。  もともと政治向きではないタイプだったが、兄弟が殺し合ったため残った彼が王になったのだという。  今回の聖女を攫う話も側近が勝手に進めたもので、城を空けていた王は帰ってきてその事を知ったらしい。  仕方なく、騒動に付き合うことになった。  一緒に逃げていた長年ユリウスに使えていたという老人が全て教えてくれた。  一時は相談役を務めていたが、最近は側近の暴走でユリウスに会うことも叶わなかったという。  目を瞑るとあの悲しげな背中を思い出してしまいそうで頭を振った。  私は今逃げようとしているのだから、敵国のことなど考える必要がない。  出口目指してひたすら走り続けたのだった。  一度地下まで潜ってから、地下道を走り出口に出た。  城に近い橋の下に繋がっていて、そこから大勢が外に逃げ出していた。 「おい、王が紛れてないか探せ。赤い髪だからすぐ分かるぞ。大臣達もまだ見つかっていない! 探せ!」  やはり、抜け道の出口には兵士が固まっていた。出てくるのは使用人ばかりだが、金目になりそうなものを盗んで持っていないかもチェックしているようだ。  私も他の者と一緒に通り過ぎようとしていたが、一隊の中でも立派な甲冑の兵士の一人にガッと腕を掴まれた。 「おい……お前、変わった目の色をしているな……」  心臓がぞわっとして飛び跳ねた。  今はここに来た時と同じ、少年の格好で帽子を被っている。目眩しの魔法もかけているが、私の目の色に気がついたという事は、この兵士はオールドブラッドなのだろう。 「こ…この子は私の弟で、厩番をしていた者です。病気がちで体も弱くまだ子供です。どうかお見逃しください……」  すかさずアンナが声をかけて間に入ってくれた。兵士の腕に手を乗せて解放を願ったが、兵士は鬱陶しそうな視線をアンナに向けた後、うるさいと言ってアンナの腕を振り払った。  勢いに押されてアンナは地面に転がってしまった。 「なっ…ちょっと!」  思わず抗議の声を出したら、兵士は何か気がついたように私の顔をマジマジと見てきた。  明らかに高い女の声をしていたので不審に思ったのだろう。  私の帽子を掴んで投げ捨てた。  髪の毛がバサりと落ちてきて、風に吹かれてふわりと舞った。 「おっ……お前……黒髪!?」  その兵士は驚いて目を見開いた。周りの部下らしき者達は、魔法の効果のおかげか何の事かという顔をしている。 「これは……良い拾い物だな。辺境伯様は変わった毛色の動物を好まれる。上手く行けば、引き上げてもらえるぞ」  兵士はだらしない口元を引き上げてニヤリと笑った。嫌な予感しかしない私は、必死に逃げようともがいたが、余計に強い力で押さえつけられた。 「大人しくしろ! クソ! 逃げられないように足を切り落とすか」  まさかそんな残虐なことをするのかと一気に体が冷えて青ざめた。  しかし、今まで王命だと言って非道の限りを尽くしていた国の兵士だ。本気でやるつもりだろう。  攻撃系の魔法は使えない。覚えたての浮遊魔法もいざとなると、全然集中できなくて足元に集まった魔力はどんどん散ってしまった。 「ああああっ……や…やめて……」 「心配するな一瞬で終わる、傷口は焼いてやるが後は自分で治せ」  部下の兵士が私を羽交い締めにして、男が剣を振り上げた。アンナが叫ぶ声が聞こえて、私はもうだめだと息を呑んで目を瞑った。  到底耐えきれないだろう。  足に落とされる痛みを想像して歯を食いしばったが、いつまで経ってもその痛みはやって来なかった。  代わりに、男のうめき声のようなものが聞こえてきて、私のことを羽交い締めにしていた者の力が抜けてドサリと重い音がして、私の足は地についた。  恐る恐る目を開けたらそこに広がる光景に驚いて言葉が出て来なかった。  出口を取り囲んでいた兵士達が全員地面に転がっていた。  私を羽交い締めにしていた者も、足を切ろうとしていた兵士も身動き一つせず、完全に絶命していた。  代わりに二人の男が立っていた。エルジョーカーの下級兵士の赤い装束と簡単な鎧で身を包んでいるが、その鍛え抜かれた逞しい体つきと風格は明らかに一般兵ではない。  頭部を全面覆っていた兜を取った二人を見て、私は震えた声で叫んだ。 「ランスロット! エドワード!」  屋敷の門の前で別れたきり、小さくなっていく背中に胸が苦しくなったが、その二人がまさかここに来てくれるなんて信じられなかった。 「待たせたな、アリサ」 「遅くなってごめん」  二人に向けて一目散に駆け出した私は、そのまま飛び込んだ。  もちろん二人はしっかりと受け止めてくれた。 「体は!? 大丈夫か? エルジョーカーの王に酷いことはされなかったか?」 「大丈夫、ただ体が回復するまで休ませてくれただけ。国内が混乱して私に構っている暇がなかったみたい」 「アリサ!」  ランスロットが感極まったように叫んで、私を持ち上げてぐるぐると回しながら抱きしめてきた。 「こいつらよくもアリサを……殺しても足りないくらいだ」  エドワードはまだ生きている者がいないか、鋭く目を光らせていた。 「あ…あの、あなた方はいったい……」  地面に転がったままだったアンナが何が起こったのか分からないという顔で固まっていた。  さっと動いたエドワードが、アンナの手を取って起こしてあげた。 「気がつかずに失礼しました。私達はアリサの専属の騎士ですので、危害を加える者ではありません。先ほどは、アリサのために止めに入っていただきありがとうございます」 「い…いえ、私はその……」  エドワードが微笑むと、アンナは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。  人妻も頬を染める、エドワードの必殺技が炸裂した。 「見ろよアリサ、天然のタラシは絶好調だぞ」  ランスロットが小馬鹿にしたように言うと、エドワードは微笑みながらキッと目だけランスロットを睨んできた。  そんな二人の姿を見ていたら、私は込み上げてきてしまい目頭が熱くなってしまった。 「おっと、涙はもう少し取っておいてくれ。俺達は少し忙しくなりそうだからな」  ランスロットがそう言うと、二人の後ろの方からガチャガチャと鎧の音が聞こえてきた。  騒ぎを聞きつけた別の隊が来てしまったようだ。この状況で二人の格好はどう見ても抵抗軍だ。 「ランスロット、まだ暴れたりないだろう」 「ああ、どちらが多く倒したか、今夜のアリサのディナーを賭けるってのはどうだ?」 「……それは、()()()ディナーの方だよな? 俺を本気にさせたな、ランスロット」  私にここにいるようにと言って、二人は剣を抜いて雄叫びを上げながら兵士達の方へ駆け出した。  二人とも目にも止まらない速さで、敵を斬り倒していった。魔法剣士と聞いていたが、一振りに魔力が含まれていて、斬られていない近くの兵士も一緒に倒れていくという凄すぎる強さだった。 「……お二人の殿方が、あんなに真剣になって……。アリサ様の作るご夕食はとても美味しいのですね」  アンナがのほほんとそんな感想を言ってきたので、半笑いで返すしかなかった。  とにかく二人の活躍は凄まじく、集まってきた部隊を一掃し、その後の部隊もあっという間に殲滅してしまった。  さすがにもうやりすぎだと止めようとしたら、もう戦う相手がいなくなってしまったらしく、二人は剣を地面に刺して汗を拭っていた。  さすが帝国で次期騎士団長と呼ばれていた二人だ。そんな二人を私の側に置いて本当にいいのかと、震える気持ちになった。 「くそー! 引き分けかよ!」 「おい、そろそろ本体が来る。そっちは面倒だから、戻るとしよう」  ここでアンナは村へ向かう人達と一緒に先に出ることになり、世話になったとお礼を言って別れた。  これから馬でも調達して帰るのかと思ったら、エドワードは私の側に来てポンと背中を叩いた。 「さてと、帰りは迎えに来てもらうことにしよう。ある男がアリサに呼ばれるのを首を長くして待っているからな」 「え……それって………」 「呼んでやれよ。回復したと連絡も来ているし、準備もしているだろうから」  ランスロットも隣に来て、私の頭をぽんと撫でた。  私は胸に手を当てて、その人の顔を思い出した。ある時は子供で、ある時は猫で、涼しげな目元をツンと尖らせて、まるで本当に猫のように自由で孤独な人。  勝手に判断して助けてしまったことを、怒っているかもしれない。  それでも私は後悔していないし、何をしたのだと怒鳴られたとしても会いたかった。 「ベルトラン…来て」  ぶわりと体の中から光が溢れてきて、夜の闇に吸い込まれるように空に舞い上がった。  見上げた光の中から落ちて来たのは、あの時光の輪の中に消えていったベルトランだった。  いつもの黒いローブを纏って、空を飛んできたみたいに私のところへ落ちて来た。 「アリサ!!」  子供の姿だったが、私と目が合うとすぐに大人の姿に変わり、ガバっと覆うように抱きしめてきた。そして、もう離さないかのようにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。 「俺が死ぬ時は、お前と一緒だ」 「うん……」  ベルトランの声は震えていた。  その一言だけでベルトランの気持ちは十分伝わってきた。  私の目からポロリと涙がこぼれ落ちた。  守護者の契約は主人が死ぬ時に一緒に死ぬというまさに人生の契約。  躊躇うことなく、選んでくれたベルトランの気持ちはいまだ分からないことが多いけれど、もう死に急ぐような無茶なことはしないだろう。  私と一緒に生きることを選んでくれた。  何より幸せなことに思えて、嬉しくて泣いてしまった。 「あーあ、俺も頑張ったんだけど、今日のディナーはお預けだな」 「まったく…ベルトランは、いいところ持っていくよなぁ。さっさと帰って魔塔で忙しく働いてくれ」  エドワードとランスロットは、二人してブツブツと言いながら、地面に座り込んだ。  上空に目をやると、間もなく消えつつある夕日に向かって、大きな黒い鳥が飛んでいくのが見えた。  帰ろう。  私がそう言うと、三人は分かったと言って笑った。  □□□
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

159人が本棚に入れています
本棚に追加