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「ありがとう、大丈夫よお気遣いなく。誰かに言って飲み物は部屋まで運ばせるから…。あなたたちはもう今日はお手伝いは忘れて、お客様でいいのよ。パーティーを最後まで気兼ねなく楽しんでいってね」
「はい、ありがとうございます。…お大事になさってください」
口を開きかけたわたしを制するように背後から伸びてきた手ががし、と肩を押さえた。そのまま引き寄せて耳許で囁く。
「いいから、もう構うなって。旦那の面倒くらいあの人がちゃんと見るだろ、仮にも奥さんなんだから。…あいつは結婚して家庭を持つんだ。お前が責任感じることなんか。もう全然必要ないんだよ」
「…うん」
言ってることはわからなくもない。わたしの方が彼のこと心配してる、理解してるなんて差し出がましい。
だけど本当にあの人は。彼のこと心の底から気遣って大切にしてくれるのかな。柘彦さんを深く知ろうとしてて、これから愛情注いでくれる気があるんなら。
彼が色素欠乏症で身体に差し障りがあるってわかってて、あんな風に炎天下でみんなの前を長い時間引き回したりするだろうか。そもそもパーティーだって。バラ園を招待客に見せたかった、って気持ちはわかるけど。
柘彦さんのことを思えば室内での披露宴を考えてくれてもよかったのに。なんて、小うるさい小姑の考えでしかないのかも。…しれないの、かなぁ…。
哉多はやや強引にわたしの肩を抱いて二人の去った方向に背を向けさせて、小さな声で叱りつけた。
「しゃきっとしろ、眞珂。よその夫婦のことに口を挟むな。自分が一番あいつのことを考えてるんだみたいな顔するんじゃない。…周りから何かと思われるぞ。あの人らは自分の意思でお互いを選んだんだ。その結果どうなったって。…それは自業自得なんだよ」
それきりその話を切り上げてわたしをそこから引き離し、パーティーの人波に紛れさせたので。
彼と彼女がその後どうしていたのか。結局確かめることもできないままその場は終わってしまった。
その晩、彼女は館に滞在することになった。
というか当たり前だ。新婚初夜だし、二人は当面新婚旅行に行く予定はない。別々に自分の家に帰る、なんて選択肢はさすがにないだろう。
だけど本当に結婚しちゃったんだな、って実感が迫って何とも言えない気持ちになる。案の定彼の方はあのあと身体の負担が大きくて弱っているので自室で休んでいる。とのことで部屋から出てくることはなかった。
だけど呉羽さんはそれとは別に堂々と臆することなく館の中で過ごした。澤野さんが作った心尽くしの夕食を茅乃さんと差し向かいで例の豪華なダイニングルームで頂いている。眞珂も一緒にどう、と茅乃さんに声をかけられたけどさすがに遠慮した。
「今日は昼間のパーティーで食べすぎたから…。ほとんどお腹に入りそうもないです。あとで夜食だけ軽く摂って済ませようかな、って」
「そぅお?…あんた、まだぎりぎり育ち盛りって言えなくもないのに。小食だから全然身体つきがしっかりしてこないのよね、そんなに華奢でよく庭仕事できると思うわ。…この子、軽い気持ちでバラの世話任せたら。今度は庭師になるとか本気で言い出して、困っちゃうんですよね。頭は悪くないから頑張ってちゃんと大学行けって言ってんのに…」
よく知らない相手にべらべらとまあ、個人的なこと気安く話の種に披露してくれちゃって。と内心げんなりしてると、広々としたダイニングテーブルについた呉羽さんが悠然とわたしを見上げて微笑んだ。
「いいんじゃないかしら。今どきの子にしては自分の身の丈を見極めてしっかり将来のこと考えてると思うわ。庭師だって立派なお仕事じゃない。手に職って言えるし」
口調は優しいけどなんか節々に棘を感じるような。見た目が滑らかなのに喉に障って上手く飲み込めない錠剤みたい。わたしは肩を微かにすぼめてありがとうございます、と無難に受け応えてその場から引っ込んだ。
「…一応呉羽さんのお部屋もいつでも泊まれるように整えておきますね。だけど今夜はさすがに柘彦さんの部屋に行かれるでしょ?シャンパン、あとでお届けしますね」
「そんな、お気遣いなく。わざわざ申し訳ないわ。今日からはわたしもここの一員だし。ごく普通の扱いでいいのよ…」
そんなやり取りが背中越しに聴こえてくる。わたしはどよん、となって隣のキッチンへと足を運んだ。
「…やっぱりあの方。今日からこのお屋敷に住むんですよね」
不服を述べてると聞こえないよう注意深く声色を整える。わたしの質問に澤野さんはちらと顔を上げ、冷静な声でてきぱきと答えた。
「まあ、そうなるわね。柘彦さんはここを出る気がないでしょうし。だけどあの方、一年の半分以上は日本のあちこちや海外を飛び回ってらっしゃるらしいから。365日ずっとここに滞在しっ放しってこともなさそうよ。この場所は都内に通うにも距離が遠いしね。お仕事の合間にここに立ち寄る、とかその程度の頻度になるんじゃないかしら」
「ああ、なるほど」
わたしは気やすめ程度ながらも少しほっとした。
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