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「なんか、いわゆるトロフィーワイフ。じゃなくて言ってみればトロフィーハズバンドってやつだね。実力で手に入れられるものは全部持ってるし。あとは誰でも絶対羨むような、見せびらかして楽しむ自慢して回れるアクセサリーを装備してこれで完璧。って感じ」
「…聞こえるよ。ちゃんと声落として、哉多」
わたしは最大限声を抑えて忠告した。
黄色い声に囲まれて頬を上気させてる呉羽さんに哉多の素っ気ない呟きが届いてる気配はない。だけど、これだけ人が溢れてるとどこでどういう風に話が伝わるかわからないから。何もこんな場所で剣呑な突っ込みを入れる必要はないじゃん。
まあ、言いたいことは。確かに同意できなくもないかもだけど…。
奴は興味なさそうにぱくぱくと自分の皿の上の料理を片付けながら、突っ放した口調で付け加えた。
「まあ、男の方だって絶対嫌ってんなら別に断れるわけだから。拷問されて強制されたわけでもないし、そんなの承知で受けたとしか思えないんだから同情の余地ないよね。性格相当きつそうだけど美人は美人だもんな。こんだけ綺麗な人なら多少難があってもいいや、って助平心が出たんだろうな。ああ見えても中身は普通の男なんだろうし」
「…あら、こちら。お二人お似合いの可愛らしいカップルね?」
奴の喉からぐぅ、と微かに変な音が漏れたのがすぐ近くにいたわたしにはわかった。俯いてた顔を慌てて上げると、目の前に太陽の光をきらきらと浴びた眩しい新婦新婦が並んでそこに立っていた。
輝く純白のサテンのドレスを纏った美しい新婦の後ろに半分隠れるようにして立っている彼の方を見れない。一方で彼女の方は、目を逸らすことなんて許さないよとでも言うように顔をわたしに寄せてきて余裕の笑みをにっこりと浮かべた。
「そのドレス、ブライズメイドの方ね。今日はお手伝いありがとう。確か、あなたは。…ここのお屋敷に住み込みで働いてる方だったかしら?お見合いのときと結納のときに。ここでお会いした覚えがあるわ」
「そうなんです。…こいつ、こう見えて庭の方も担当してて。バラの手入れも頑張ってやってるんですよ」
わたしを支えるようにそばにぴったり身体を寄せ、空いてる左手をぎゅっと握って哉多が代わりにはきはきと答えてくれる。そのあと急激に声を落としてほとんど聞き取れないくらいの音量でそっとわたしに話しかけた。
「しっかりしろってこら。脚が震えてるぞ、見るからに怪しいから。…ちゃんと笑え。変な顔するな」
そんなこと。言われても。
こんなときに表情コントロールできるような腹芸なんて。わたし程度の人生経験じゃ、身についてるわけないじゃん。
内容まで耳に入ったかは判然としないが、奴がわたしを励ます声をかけたのは察知できたみたいで呉羽さんは軽く目を細めて嫣然と微笑んだ。
「そう。庭園のバラを綺麗に育ててくれてありがとう。…ほんとに仲良しなのね、お二人。あなたたちもこのままいつまでもお幸せにね?」
「はい!大丈夫です。お任せください、ちゃんと幸せにしますから。全くご心配には及びません」
奴はわたしの手をこれ見よがしにしっかり握りなおし、明るく返した。わたしの代わりに取り繕ってくれてるんだ。それはわかるけど、喉の奥がつかえたみたいに目の前の華やかなひとの圧に押されて。さっきから全然言葉が出てこない…。
ふと彼女の後ろに控えてる彼から伝わってくる気配が気になり、思いきってそちらを確認する。
思えばこんな曇りない晴天の中。ずっと光を浴びて立っててこの人、大丈夫なのかな。と心配になって彼を見ると案の定かなり顔色が青白い。
もともと太陽の光を浴びない生活をずっと続けていたんだから全く日焼けしてないのは確かだけど。それだけじゃなく相当気分も悪そうに見える。ここに来るまで普通の暮らしを送ってたわたしでさえ人当たりするような賑やかな場だから。
いくら本人の披露宴とはいえ、こんなに長い時間人前に立つのはきついんじゃないかな。と思い当たったらいても立ってもいられなくなって哉多の手を振り切るように離して一歩前に出た。
「柘彦さん。…大丈夫ですか?無理しないでもう、日陰に入って休まないと。こんなに長い時間。陽の光を浴びたら…」
彼が顔を上げてわたしを見た。ああ、今柘彦さんの目が。
わたしの目の中を見返してる。目が合ってる、この瞬間。
そのガラスみたいに色が薄い茶がかった瞳の中からできるだけの情報を読み取りたかった。だけど、ようやく気がついた、みたいな反応を見せた呉羽さんが彼の方に向き直って腕を取ったのでわたしたちの間に流れていた空気は一瞬ではかなく潰えてしまった。
「ああ、そうね。柘彦さん、あまり長いこと陽射しを浴びてはいられない体質だったわよね。この場はもういいから、室内に入って少し休みましょう。…申し訳ないわ、無理させて。わたしのために。ごめんなさいね」
「あの、何か冷たいものでも。ご用意しましょうか」
彼を支えて館の入り口の方へと踵を返すその背中に追い縋って声をかけた。彼女は歩みを止めずにちらと振り返ってこちらに笑みを返した。
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