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「そう?…かな、ぁ」
毒気を抜かれて思わずぼそりと呟いてしまった。まあ、言いたいことはわからなくはない。そんなことおくびにも出さずに表向き、彼の内に秘めた静かな誠実さに惹かれました。これからは私がずっとそばで支えていきたいと思ってます、とか心にもないことだっていくらでも吹けるのに。ある意味いっそ清々しい性格の人なのかもしれない。
わたしが見た目ほど落ち込んでなさそう、と踏んだのか。ようやく口を開いたことに勢いを得たみたいに茅乃さんは胸を張ってさらにまくし立てた。
「それにちゃんと彼をここの当主として立てて、最後まで責任持って添い遂げますっていってくれてるのよ。仕事は調整できるから彼の血を引いた子どもも是非産みたいって。…そんな奇特な女の人、あんなに頑なに日頃引きこもって何もしてない生産性のない男の許に。鉦と太鼓で探してもそうそう二度と現れるとは思えなくない?」
「いえ、…どうなんでしょう。自然に任せても。それは現れるかもしれないし。別に成り行きに任せても、…とは。思うんだけどね…」
澤野さんはちょっと微妙に言葉を濁しつつ、ふと肩をすくめた。
「だけど、柘彦さんを支えて愛情を注いでくれて、添い遂げることができるってだけじゃ茅乃ちゃんにとっては不足なのよね。藤堂さんの持つ資金や人脈。それも結婚を決める上での大事な条件になるってことなんでしょ、つまりは?」
「そりゃ、まあ。…柘彦さんがどうしても他に結婚したい相手がいるとでも言うんなら仕方ないけど。誰でも特に構わないって言うんなら。お金も経営者としての実力も、あるに越したことないでしょ?年齢も見た目の釣り合いも。この上なく最高にぴったりだしさ」
わたしを殺しに来てるな。まあ、そもそもそんなレースにエントリーできる資格も最初からないし。今彼女が平然と口にしてる言葉もわたしへ当てつける意図は全くないんだろうけど…。
澤野さんはその台詞に軽くきっとなって、茅乃さんに向けて問い詰めた。
「誰でも構わないなんて。いくら何でも柘彦さん、そんなこと言わないでしょう。…そもそも茅乃ちゃん、本人にはっきり意思確認したの?何となく曖昧に濁してるから了承したってことでいいや。とか、自分の都合のいいように勝手に解釈したんじゃないの?」
そう。…そうだよ。
わたしは彼女の言葉にはっと我に返った。
結納が、とか式の日取りがとか話がどんどん進んでるみたいだけど。大体それは、彼本人がきちんと承知してる話なのか?
のらりくらりとかわしてるからはっきり断られてもいないし、と彼の意図を超訳されて本人不在のまま茅乃さんと藤堂さんが先走って進めようとしてる、ってのが今現在の状況なんじゃないのかな。柘彦さんは実はこんなことになりかけてるって全く知らなくて。いつの間にか勝手に外堀を埋められ始めてる、ってが実情なんじゃない?
希望を抱きかけてたわたしの耳を、次の茅乃さんの心外そうな言葉が容赦なく無情に打ちのめした。
「そんなわけないよ。ちゃんと本人の了承は得てる。このお話お受けしますから、進めてもらって構わないって。…まあ、いくつか条件は出されてるけどね。例えばこの館から柘彦さん自身は絶対出ていく気はないとか、他にもいろいろ。だけどそれは概ねクリアできそうだから。これでどうやら本決まりね、って藤堂さんとさっき話してたんだよ。電話で」
わたしはしばらく上の空のまま毎日をぼんやりと過ごしていた。
彼とこのことについて話す勇気はなかった。どうせわたしが口を挟めるようなことじゃないし。何の権利もないし、状況を変える力もない。本人が自分の意思でそうしたいって言ってるんなら邪魔をするような真似はもうできない。
だけど、笑顔でよかったですねおめでとう!と面と向かって祝福もできないでいた。
それはまあそうか。柘彦さん本人がそこのところをどれくらい察知してるかは不明だけど。
明らかに露骨にお屋敷とバラ園と家名目当て。彼その人は責任持って最後まで面倒を見なきゃいけないもの、子どもは産んで血筋を残さなきゃいけないもの。そんな風に平然と断言する女性が相手なんだってわかってて、心の底からよかったと笑っては祝えない。
彼と顔を合わせるのは夜、寝る前にノマドを引き渡すときのみ。それもノックして戸口で彼女を預け、長話もせずに早々に引き上げる日が続いた。
それまではいつもできる限り上がり込んでゆっくりと一緒にコーヒーを飲んでお話してたんだから。不自然極まりない態度なのはわかってるが、とてもいつも通りには振る舞えそうにない。露骨におかしく見えるだろうなと思いつつもどうしようもなかった。
何もできず固まったまま日々をやり過ごすうちに、矢のように月日が過ぎ去って早くも結納前日となってしまった。
「…眞珂ちゃん」
夕食後、キッチンのシンクで黙々とお皿を洗っているわたしに澤野さんが思い詰めたような声をかけてきた。
「結局あれから、柘彦さんときちんとお話した?まだなら今のうちにけじめつけておいた方がいいわよ。結納はまだ終わってないから。もしかしたらぎりぎり間に合うかもしれないわ」
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