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艶夢百物語(第1夜~第10夜) 作・可愛 勇
第1夜
青い海を見下ろす丘の上の民家に泊まった。部分入れ歯を前夜から洗浄液に漬けておいた。翌朝、雪が5cmぐらい積った道を自転車で出立した。誰が作ったかのかは判らないが、雪の上に幾何学模様が描かれている。その上に自転車の車輪の跡を残しながら、ハンドルを取られないようにゆっくりと走る。
学校に着いた。会議室に何人かの人が集まっている。入口に名札が掲示されているが知らない名前ばかりだ。廊下にテーブルを出して伊藤が打ち合わせをしている。その脇を抜けて3年1組の教室に入る。逸見が貞包に指示を出している。小林が居た。私より5年ぐらい後に定年退職したのだが、無給で働かされていると言う。ここは学校ではなく会社なのか?
恥ずかしいことだが部分入れ歯を宿泊した宿に忘れたことを思い出した。上の前歯が殆ど入れ歯であるので口を開けない。宿に取りに帰らねばならないが、財布を教室に忘れたので取りに戻ることにした。再び外に出てから、今度は上着を椅子の背に掛けたままで忘れたことを思い出し、改めて取りに戻る。
部分入れ歯を入れ、学校に戻る途中で光子、みつこという2人の女性に出会う。中学・高校も同じだが私の名は光彦だから「3みつ」となるのを避け、話したことは殆どない。私たちは50年前に高校を卒業した。光子はやや背が高くみつこは小柄である。2人とも学生時代とは見違うほどの美人となっている。同年代であるが30代ぐらいにしか見えない。
紅葉が散る並木道を3人で歩く。季節は突然、冬から秋になっている。
光子が話し掛けてきた。
「わたし、京都生まれよ」
「俺も京都だ。四条河原町だよ」
「わたしは山科。小学校の頃まではね」
広い公園に出る。犬の散歩をしている人が居る。光子とみつこは犬を追って子供のようにはしゃぎ回っている。鳥居をくぐって神社の境内を抜けて、数段の石の階段を降りる。
「わたしは、この先よ」みつこが言う。
さらに石の長い階段があり、その先は石碑が立ち並ぶ広い墓地である。
「じゃ、またね」
そこでみつこが別れた。
「え? もしかしたら、みつこは死んでいるのか?」
「そう、もう40年も前よ」
「お前は生きてるのか?」
「自分では判らないのよ。みつこに言わせると、私はそのすぐ後らしいの」
わたしと光子は神社の参道を並んで歩く。
肩が触れる。
横顔が綺麗だ。
自然と唇を合わせる。
銀杏並木の参道を右に曲がると小さいラブホテルがあったはずだ。言葉に出す必要もなく一緒に入った。
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