1人が本棚に入れています
本棚に追加
1限目[最上 夢莉 その①]
高校受験を頑張り、合格すれば頭の悪い集団がいる中学校生活から脱出出来る。そう考えていた。
陰湿な考えに捉えられるかもしれないが、少なくとも私は自分の考えている事に間違いはないと胸を張って言える理由がある。それは明らかなレベルの差。中学に入学して得られたのは、集団生活での和気あいあいとした空間や友情や恋愛と言う陳腐なものでも無い。「教室」と言う檻に閉じ込められている事に気付かず、己を猿だと気付かない哀れな者ばかり。中学の時は親に駄々を捏ねてまで私立や国立の受験を志願したが、運悪くその時は年の離れた兄貴の大学受験と重なった。勿論 両親だってそんな敏感な時期に娘が「私立か国立の中学に行きたい」としつこく言えば、幾ら我が子だろうと折檻したくなるだろう。その所為もあり、中学は公立へ。結果は予想していた通りだった。こんな充実しない中学生活の何が楽しいのか。私はもっと私のレベルにあった学校に通いたい。兄貴の受験が終わってからも、その意思は変わらなかったが両親は猛反対。何なら「お前は周りを下に見すぎている」と何故か叱責された。唯一兄貴だけは、私を咎めず慰めてくれた。「環境に慣れていけば、楽しくなる」と話してくれたのを覚えている。
然し 兄貴の助言も虚しかった。私は案の定中学の三年間、学校に馴染む所が登校拒否と言う結末。
幸い見兼ねた父が家庭教師を雇い、勉強の方は遅れを取る事は無かったが皆が卒業シーズンと浮かれるまで私が門をもう一度くぐる事は無かった。
登校拒否をしていた事により、私の成績はお世辞にも良いとは言えず、父は呆れ 母は泣き出す始末。このまま中卒という結末を迎えるのかと覚悟を決めていた矢先、助け舟を出港したのは大学卒業を控えた兄貴だった。
「夢莉を私立に通わせてやって欲しい」
兄貴のその一言は当時の私からすれば神の言葉にも聞こえた。だが、両親は簡単に納得するはずも無い。
父は顔を真っ赤にし、兄貴に叱り付けたが兄貴は顔色一つ変える事無く学費は全て自分が出すと言ってのけた。この言葉に流石の両親も返す言葉が見付からず、母に関しては動揺を隠せていなかった。
全ての学費は兄貴の出費。ましてや通う所が私立ともなれば、その金額はアルバイトの給料だけでは補うのは難しいだろう。兄貴のアルバイトの給料に私のお年玉と貯金を足したとしても、一月分が払えるかどうかだ。
自分の息子に娘の学費を払わせる。父親として、そして社会人としてのプライドが父を追い込んだのだろう。父は数分黙りこくった後、私立への受験を許可してくれた。その代わり条件はあった。
学費はこちらが出す代わりに、受験する高校は両親が指定する。一見なんと鬼畜なと声を上げたかったが、兄貴の手前それは喉に仕舞い込むことにした。私としてもここまでわがままを言っておいて、反発する意思は無い。それに私立に通えるかも知れないと希望が出て来るだけでも充分だ。このチャンスをものにしない訳にはいかない。中学で潰してしまった学園生活を高校で取り戻す。なるのは 花の女子高生。まだ受かったと決まってすらいないのに私の気分はすっかり女子高生だった。待っているのは、華やかでキラキラな充実した毎日。それだけを目標にして来た。
数日後 仕事帰りの父親に兄貴と共にリビングに呼び出された。いつもより真剣な顔で椅子に座っている父の目の前に腰をかければ、父が私の目の前に出したのは女子高のパンフレット。明朝体と筆記体でシンプルに高校名だけ記載されているそのパンフレットを指差し、父は私と目を合わせた。つまりここを受けろ。父は私にそう言いたかったのだ。無言でパンフレットのフィルムを剥がし、頁を捲りながら中を見れば整えられた設備に趣のある校舎。テレビや映画なんかで見る如何にもなお嬢様学校だった。
私立 華ノ女子学園高等学校。名前くらいなら私でも何度か耳にした事ある。詳しい事までは知らないが、全国の才女と言う才女ばかりが集められたエリート学校…生徒だけではなく教師のレベルも高く、国の三大女子校の一つとして名を挙げられる程。それ程のエリート学校、父も兼ねてから華ノ女子のレベルは耳に入っている筈だ。それを承知で受験しろとは…我が父親ながら鬼なのではないか?然し この話を蹴ってしまうのも目覚めが悪い。どうせなら堂々と受験し、堂々を合格してみせる方が気持ち良いではないのだろうか。若しこれで私が華ノ女子に合格した暁には、私のレベルが他とは段違いと言う事も証明される。落ちてしまえばかなり大目玉を喰らう可能性もあるが、受かってしまえば問題はない。そう 受かれば良い
簡単な話ではないか。私は二つ返事で父の話を了承した。
そこからは死に物狂いで、必死に、死ぬ気で努めた気がするが…そこは割愛するとしよう。
そして数ヶ月経ち私は見事勝利の祝杯を上げる事になる。
そう、華ノ女子の生徒の一人として。
実に簡単だった……。
と鼻で笑いたいところだが、今回ばかりは少々私も手を焼いた。何より母が私がサボらいようにと四六時中監視していたのが精神的にも肉体的にも中々面倒だった。まぁ、私の合格発表を聞いて自分のことの様に泣いてくれたし、それでチャラにしてやろう。兄貴と父からはよくやったと褒められ、近所の人からは暫くは羨望の対象となった。悪い気はしなかったし、そりゃああの三大女子校に数えられる学校に合格したのだ。数日は噂になるだろうと最初の段階から見通していた。
後は入学の準備をし、春休み中に体を休ませるだけだ。キラキラとした学園生活を楽しみにしておこう。
高校生になってからは、中学の分を挽回する。
華ノ女子レベルにもなれば、多少は私と話が合う子も居るだろう。きっと私の高校生活は、絵にも描けない程美しいものとなる。
───そう思っていた期間がまだ極楽だった。
最初のコメントを投稿しよう!