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第一章 佑真
ピピピピ……ピピピピ……。セピア色の靄がかかった世界に、場違いな電子音が割り込んでくる。
だんだんと靄が薄くなり、今まで体験していたものが全て夢だったのだと知る。
最近いつも同じような夢を見てる気がするんだよな。意識すると内容はぼろぼろと抜け落ちていくのに、さっきまでの俺はひどく必死だった。何か叫んでいた気がするけれど、実際に声を出してはいなかっただろうか。
ふぅーっと深呼吸をする。昨日の空気を排出して、今日の空気を取り入れる。
放り出された自分の四肢を背負うように起き上がると、頭までずっしりとのしかかってきた。昨日調子に乗って流し込んだスト缶が、だいぶきいてるみたいだ。ライトニングケーブルが繋がったままのスマホを起こすと、「11:45」の下に、同じ名前の羅列が現れた。
『仲本千章 3分前 起きたら来い』
『仲本千章 6分前 ゆうまー』
『仲本千章 7分前 起きてるかー?』
『仲本千章 9分前 今日暇?』
仲本千章。
その四文字を自分のロック画面に見つけただけで、さっきまで重かった手足が嘘のように舞い上がった。
もしさっきまでの俺の姿を傍から見ていた人がいたら、突然飛び起きてキビキビ動く姿にぎょっとするだろう。
俺はシャワーも浴びずに頭ごと髪を濡らしただけで、家を飛び出した。
立ち漕ぎで受ける十一月の風は想像よりずっと冷たく、体の芯を凍らしていく。頭を拭いて出て来なかったことを、少しだけ悔やんだ。
でも、たくさん漕げば、千章さんの家に着くまでの時間は短くなる。千章さんの体まで、あとちょっと。急いた気持ちを、思い切りペダルに乗せた。
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