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反則だろ、こんなキス。
いつも思う。千章さんは俺を絡めて離そうとしない。まるで、何かに取り憑かれたみたいに。
「千章さんっ、もう俺、もたないっ……」
「んっ……、出して……」
「でも……」
まだ全然足りない。もっと、もっと千章さんを……。
「もっとっ……したい?」
「うんっ、あっ出る、イッちゃう」
「っ、ゆうま、あっ……!」
挿れて数十秒。
俺は千章さんの温かい奥に吐精した。いつもより早い、長い絶頂。それが終わると強い疲労感が襲ってきて、そのまま千章さんの上に倒れ込んだ。
しん、とした部屋に、二人の深い吐息だけが妙にうるさく響いている。
セックスをする時は、二人の間に愛がなくても、その愛が一方通行だとしても、ポーズだけは愛し合う形になる。だから俺は、こうして求められるたびに、期待の灯を消すことができない。
千章さんは俺の体から這い出ると、ベランダのドアを開けてタバコに火をつけた。
ウィンストン、八ミリ。パシらされるから覚えた、俺が唯一ちゃんと知っている銘柄。千章さんの横顔から伸びる白い筒は、使い捨てのくせに俺より主人に愛されている。そこからゆらゆら立ち上る紫煙が、冷たい外気に乗って俺の鼻先まで漂ってきた。
「うー……さみー」
思わずエアコンのリモコンを探してしまって思い出す。ここのエアコンは、もうずっと死んでいるんだ。いつからかは知らないけど、俺が初めてここに来た時にはすでに、使い物になっていなかったと思う。
夏に来た時はいつも、それはもう酷い暑さで、部屋中の窓を全部開けて、汗だくになりながら麦茶を飲みほしていた。
あの時。
自分から全く触れることができなかった千章さんの体に、今はこんなに強く触れるようになったし、憎まれ口を叩くこともできる。
それなのに、少し離れて横顔を向けた時だけは、もう二度と帰ってきてくれないのではないかと思うほど、千章さんを遠く感じる。あの人の本当の寂しさを、俺はみじんも知らない。
千章さんが背を向けたまま引き出しを探り、ほれ、とボルドー色のセーターを投げる。人遣いは荒いけど、気遣いが染みついた優しい人だ。
現に今だって、むせやすい俺のために窓を開けてタバコを吸ってくれている。投げられたセーターを拾って縋りつくと、まぎれもない、千章さんのにおいがした。タバコと喫茶店の香りに紛れた体のにおいは、秋の夜の空気に似て、深い。
千章さんは俺に一瞥もくれないまま、細すぎる体を風に晒して、心底うまそうに喫煙する。俺がどんなに頑張っても、あんなスッキリした顔をさせることはできないから、やっぱりタバコに嫉妬してしまう。
くたばれ、ヤニカスめ。いくら心の中で罵っても、目を奪われてしまうその横顔は、俺の中で千章さんが千章さんになった日と何も変わらず、きれいだ。
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