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「え、それどこのカフェっすか⁉」
「声でけーって」
前の席の女子学生が、少しだけこちらに耳を向けて怪訝そうな顔をする。そんなことより、あの人がカフェでバイトしているということの方が、俺にとっての最重要事項だった。
俺と、隣に座ってる鈴木先輩が所属してる日本文学のゼミには、教授の手伝いで入っているM2、つまり大学院二年生のTAがいる。仲本千章、という名前のその人は、全然つかめない人だった。
いつも独特な猫背で教授の横に腰かけていて、終始つまらなそうにしている。というより、こんな下等な学生の集まりに付き合わされてうんざり、という顔をしている。
なのに、紛糾した議論に突然本質を突いて、一瞬で全員を黙らせたりするから、ゼミ生からは一目置かれていた。
それから特筆すべきは、恐ろしく顔が良いということだ。少しつり上がった目は切れ長で気高い。通った鼻筋ときゅっと引き締まった唇。でもいつも木で鼻を括ったような表情を浮かべて、人を寄せ付けない雰囲気がある。それに実際、あの人が誰かと親しくしているのを見たことがない。
そんな人がよりによって、カフェなんてコミュ力が必要そうなバイトをしているだなんて、これを拝まない手はない、と思った。
今考えてみれば、俺がこんなに他人に興味を惹かれたことなんて、後にも先にもないことで。もしかしたらこの時既に俺は、千章さんが仕組んだ罠に両足を突っ込んでいたのかもしれない。
「で、それ、どこですか!」
「お前、人の話聞いてねえだろ」
先輩は俺の頭をげんこつで軽く叩きながらも、その店のマップを送ってくれた。
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