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第七章 佑真
SNSを全て消している千章さんの代わりに、俺が宮川彩佳という人のアカウントを探すことになった。
千章さんの元カノで、手掛かりを知っていそうな重要参考人だ。
カギをかけていなかったため、インスタはすぐに見つかった。フォローして監視していると、連日高級ホテルのような場所でお茶やらディナーやらに興じている日常がつづられていた。アフタヌーンティー、シャンパン、エステ、カクテルパーティー、リムジン。耳慣れない言葉が、眩暈のするような華やかな写真と共に連日アップされている。加工されて肌が陶器のように凹凸のない宮川彩佳の顔は人工的で、あまり美しいとは思えなかった。
そのアカウントを閉じてタイムラインに戻ると、SNS上でフォローしている知り合いの投稿に一つずつハートのマークを送る。時々ひっかかるものには質問やコメントを投げかける。これが今の大学生の交友関係サバイブ術だ。
千章さんはきっと、こういうことをできないから友達がいないのだろう。でも俺だけが独占できるのはいいところだ。
千章さんと、仲直りできた。だからと言って、千章さんの恋人になれたわけではないけれど、またいつでも、あの家に行ってもいいということだ。
あの夜の、弱気で守ってやらないと壊れてしまいそうな千章さんの表情。ゼミで見せるツンと澄ました顔とのギャップが最高だった。
そんなことを考えていると、「なーにニヤニヤしてんだ」とサークルの一期上の先輩たちに、背中をどつかれた。
「えっ、俺今そんなニヤニヤしてました?」
「してたよ。それはそれはいやらしい顔だったよな」
「マジでそれ」
「それより佑真、俺の先輩がやってる居酒屋あるんだけど行かねえ?」
二つ返事でオーケーし、そのままのこのこと大学の隣駅まで歩いて行った。
ボウリングの日の俺の奇行は、サークル内でまあまあ話題になってしまっていたから、その挽回の意味も込めて俺は今まで以上に集まりに顔を出していた。
商店街の中にあるその店の座敷の席は広く、飲みサーの大学生がひしめき合っている。中では下品な笑い声と、俺でも聞いたことがないコールが飛び交っていた。
「あ、亮さん! こっちこっち!」
奥から金髪マッシュの店員が近づいてくる。俺の連れを見るなり、うぇーいと発した。
「ゆーま、こっち、亮さん」
亮さん、と呼ばれた男は、飲食店にはおよそ似つかわしくないシルバーアクセサリーをじゃらじゃらとさせてニヤリと俺を見下した。百八十センチはあるだろうか。ハデハデで威圧感がある。
でも、どこかで見たことがある、と思った。初対面に間違いないのに妙だ。
「はじめまして。あの、テレビとか出られてます?」
俺の問いかけはボケだと受け取られたらしく、周りの先輩からも何言ってんだよ!と総ツッコミを食らった。既視感の正体を突き止められないまま、俺たちは酒盛りに興じた。
「枝豆と、コーラハイメガね」
亮さんという人の手が、ジョッキを俺の前に置いた時、その手の形にピンときた。千章さんの頭を、鷲掴みにしていた手だ。それから、声も一致している。
ダルそうな低い音。顔に見覚えがあったのは、宮川彩佳の上げていた写真に写っていたから。俺の中で、最悪の点がみるみる繋がっていく。
「あの」
「お、今度は何?」
また俺がこの人を相手に変なボケを繰り出すんじゃないかと、周りが一瞬こちらに注目する。でもそんなことに構っていられない。
「宮川彩佳さんとお知り合いですか」
「アヤカ? ああ、もうずっと会ってないけど。お前と何繋がり?」
先輩たちは、知らない話題を二人で始めたことにニヤニヤとして会話に注目している。
「いえ、直接会ったことはないんすけど、仲本千章さんの……」
千章さんの名前を出した瞬間、亮の表情が強張るのが分かった。
当たりか。だとしたら、そこには、罪の意識が介在しているということなのだろうか。それとも、それは彼にとっても消したい過去なのだろうか。
「あなたは、あの動画の人ですよね」
「……お前、閉店まで待ってろ」
周りに人がいながらできる話ではないと察したのだろう。当然だ。外野の先輩たちは、ポカンとした顔で俺を見ている。
適当に話を誤魔化したけれど、何か殺気めいたものが俺たちの間に一瞬流れたことはその場にいた誰もが感じたに違いない。
俺はそのまま先輩たちについて二件目に行き、ソフトドリンクを挟みながらセーブして先輩を電車に乗せ、亮の居酒屋が閉店する時間にきちんと戻ってきた。
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