第三章

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部屋に入ると、文机の上に書きかけの紙と硯が置いてあった。 「これ何……?」 「あーっ! 見るな! 見てはならん」 梗太郎が取り上げてぐちゃぐちゃに丸めようとするので、強引に奪い取って開いてみる。即座に梗太郎に取られて読むことはできなかったが、「菖蒲」「慕つて」「逢ひたく」などいくつかの文字列は、はっきりと見て取れた。 こいつ、俺がいなくなってまだ数分しか経ってないのに、もう恋しくて手紙を書いていたのか? 何だよそれ。嬉しすぎんだろ。表面張力が破れるように、梗太郎が欲しいという気持ちが溢れ出す。 犬みたいに首に飛びついて首筋に顔を埋めると、燃えるように熱を発していた。これでやっと恩返しついでに、今までの仕返しができたと悦に入る。 「そ、その……これは、手紙を残せば未来へ届くと思って。お前からの返事はなくても、届けることはできると……」 梗太郎の話を聞いて、なるほどと思いつく。 「そうか。じゃあ俺も家族に手紙を書こうかな。俺は江戸でこんなに愛されて幸せだって。そしたらきっと見つけてくれるよな」 「ああ。その手紙が届くまで不実にならぬよう、俺が最後までお前を愛しぬくと誓おう」 「ん、……好きだよ、梗太郎」 梗太郎の指が伸びてきて俺の輪郭を辿る。その手の向こうに余裕なさげな表情が覗いた。 「初めては、優しく抱こうと思っておったのだが、これは……難儀だ」 そのまま頭を引き寄せられて唇が重なる。外を走って冷たくなった俺の皮膚を熱で溶かすように貪られる。お預けを食らった昨日より、ずっと奥まで舌が這入ってきて粘膜を擦った。梗太郎の優しい空気が、俺の体の中までいっぱいに満ちていった。 宣告通り、荒々しく着物をはだけさせられる。うすい素肌に、自分のものだと烙印を押すように唇を当てられる。顔に似合わず繊細な指先が、そろばんの珠を弾くように俺の乳首を扱った。それだけで、そこがどんな形に隆起してしまっているか容易に想像がつく。 「あっ、ん……くぅ……」 ちゅう、と熱い舌で吸い付かれながら転がされると、堪らずに切なげな声が漏れてしまう。形を変えた性器の中心からじゅんじゅんと先走りが溢れているのが自分で分かった。 「菖蒲のここは、綺麗な桜色だな」 「……っ! やだ……灯り、消せ……!」 すぐ近くに、提灯と行燈の蝋燭が点っている。芯が燃えて、自分の体を溶かしては雫を落とす。今の俺と同じだ。その炎にあられもない姿を照らされる恥ずかしさは一入だった。 「消さない。今宵は、菖蒲の顔を心に焼きつけていたい」 手を伸ばしても届かない遠くに光源を移動され、観念して瞼を下ろす。梗太郎の舌は容赦なく神経が集まった処に刺激を加える。その度に、体全体がビクンと跳ねた。 「……くっ……あぁっ!」 「そう動くな」 梗太郎の逞しい腕が背中に回る。ぐっと腕に力を込めて寄せられると、俺の乳首は口腔の中で逃げ場を失った。梗太郎の舌が蠢く度に直撃する快感に耐えきれず、呼吸を荒げる。 「……やっ、はぁっ、ん……!」 「まだ動いておるぞ……ほら、腰が」 そう言われて初めて、自分がゆらゆらと腰を振っていたことに気づく。早く欲望の形を示した処に触れてほしい、とはしたなく願っていたことが見通されていたようで思わず顔を覆う。憎まれ口の一つも叩けなくて唇を噛みしめると、突然上半身を抱き起こされた。 向かい合わせで抱きしめ合うと、梗太郎の熱い吐息を近くに感じた。顔も体も、はだけた浴衣から覗く性器も、湯気が出そうなほど熱い。欲情しているのは俺だけじゃないんだ、と思うと鼓動が早くなった。 梗太郎の手が互いの性器をぴっとり合わせると、大きさの差が歴然で切ない。男としてのプライドを力でねじ伏せられた気がした。 それでも大きな手と劣情のかたまりを直に感じると、俺の下半身は劣等感も忘れるほど素直に滾った。ねっとりとした先走りを纏って、梗太郎の掌の中で淫靡な音がする。緩急をつけて扱かれると、二つの性器が一つの生き物のようにどくどくと脈打つ。 「も……やだっ、やめ……て」 「……やめない」 本当はやめないでほしい、という願いをまたも見透かされたようで、更に体面が保たれなくなる。しがみついた梗太郎の背中に、強く爪を立ててしまう。このままだと、あと数秒ももたずにイってしまいそうだ。 「だめっ。も……イっちゃぅ……」 俺が身もだえると手の動きが突然緩まる。焦らしプレイの術中にまんまとハマったらしい。睨みつける暇もなく、俺の背中は床に押し付けられ、垂直に見下される。これがいわゆる床ドンってやつか? 綺麗なお姉さんを押し倒す妄想は何百回もしたけど、自分がされる想定はしていない。脚をバタつかせての抵抗も虚しく、ひょいと広げられてあられもない姿勢を晒された。 「やっ、やだ! んなとこ……見んな」 「案ずるな。お前の体はどこも愛らしい」 前から思ってたけど、やっぱすげー。このふざけなしでド直球に恥ずかしい感じ。侍って皆こんななのか? いやまさかな。 なんてあれこれ考えている間に梗太郎の指が俺の後ろの孔を、くにくにと弄ってくる。 「ダメっ、汚い……からぁ」 「先刻泣きべそをかきながら、抱いてくれと嘆願したのは誰だったかのう」 気障からのドSって、体何枚カード出してくるんだよ。そりゃ確かに言ったけど。抱いてって言ったけど。それは二度と会えないと思ったからで……。身に迫ってくるとやっぱり腰が引けるというか。 「あ、明日も明後日も俺はいるわけだし、今日いきなり全部しなくても……」 「ならば、そのために今日から慣らしていかねばな」 その笑顔に悪意がないことが分かるから余計に恐ろしい。俺はごくりと喉を鳴らした。 「こんなでかいの、無理……入んない」 改めて梗太郎のいきり立つ御ちんこ様を拝む。さっきよりでかくなってねえか? 「では、今日は半分までとするか」 梗太郎は俺の脚を開かせて覆い被さり、入り口に亀頭をあてがってゆっくり動かした。位置を定めると、少しずつ腰を沈めていく。 「いた! ダメ梗太郎っ、タンマ。無理」 今まで何も足を踏み入れたことのない領域に、異物が侵入してくる恐怖。思わず涙を滲ませていると、その元凶が眉を寄せる。 「……すまない。俺のマラが大きいばかりに」 「仰るとおりだっ、いってぇ……、ん」 濁声で喚く口を食むように塞がれる。くちゅくちゅと必死に応じていると、だんだん靄がかかるように痛みが薄らいでいった。 「ん…………。なあ、これほんとにまだ半分?」 「あ、あぁ……」 あまりに長すぎる挿入に違和感を抱いたその時、当たるはずのない梗太郎の脚の付け根をはっきりと尻に感じた。 「お前! だ、騙したなっ……ぁあっ!」 「面目ない……。余りにお前の中が心地よくて……気づいたら」 「……ぁあっ、バカっ、んぁ……!」  しかし優しく抜き差しされるうちに、痛みの中に快感の糸のようなものが見えてきた。その糸は次第に確かな官能の束となって、痛みを追い越していくようだった。 「あっ、あぁっ、何かやだ……んっ!」 「菖蒲……悦いか?」 悔しいけど、気持ちいい。ちんこを触るだけの快感よりずっと深い充足感が、接合部からじんわりと全身に広がっていく。俺はこくこくと頷いた。それを確認した梗太郎は俺の脚を更に上げて、腰に急な角度をつけて振り下ろす。先端が指では到達できない部分を擦り上げると、経験したことのない痺れが紫電のごとく走った。 「あっ、ぁあっ!そこ……!」 「……っく、……ここか?」 「そこ、やめっ、擦んな……」 執拗に繰り返される甘い刺激から逃げるように身をよじって首筋を反らすと、そこに口づけられた。つん、と上を向いた硬い乳首も同時に捏ね上げられる。三箇所に加えられる刺激は、足し算ではなく掛け算式に増長した。 真っ白になった頭から脳内麻薬が大量に放出されているのが分かる。梗太郎を呑み込んでいる部分がきゅうっと締まって痙攣する。波のように押し寄せる未知の衝撃の下で、俺はひたすら息を吸って吐いて声を上げた。 「あぁっ! イく……もう……」 直接触れていないはずの俺のちんこは勝手に持ち上がって、びゅくびゅくと射精した。梗太郎のが、ぐぐぐっと大きくなって俺の中をいっぱいにする。その締めつけの中で、梗太郎が呼吸を乱して動きを荒げた。 「はぁっ……菖蒲っ、菖蒲……!」 俺の名前を呼びながら、一番深いところで膨らんで吐精する。どくっどくという動きに合わせて熱い液体が放たれる。梗太郎が倒れ込んできて、俺達はまた一つに重なった。 「ふぅー、っく……ふぅー」 二人の乱れた息遣いだけが響き渡り、深夜の部屋の静寂を知る。江戸の空に架かっているだろう満月のことを思った。俺の身体は月旅行にでも行って帰って来たかのように重く、充足している。梗太郎がやっと俺の体から抜け出て、頬に口づけた。 「あぁ、死ぬかと思った。お前が悦すぎて」 「……バカ。それより、ほんとに死ぬかと思ったよ。刺客なんかに狙われてさ!」 急に戻った理性が叫ぶ。それにより、あんなことの直後に盛っちゃって、と我に返って急に恥ずかしくなった。それは梗太郎も同じようで、はにかみながら反省の弁を述べる。 「そうだな。すまなかった。俺も約束を破るところだった」 「もう命を狙われるようなことはしないって、今度こそ約束して」 弾力のある鍛えられた肌に顔を埋めると、大好きな匂いがいつもより少しだけ濃かった。 「約束する。俺の剣はお前を守るためだけに使おう。それでよいな」 また歯の浮くような低音ボイスが耳元で鳴る。こんなの、少女漫画も乙女ゲームもない時代の、どこで履修してきたのだろう。 「梗太郎は、前にも恋人がいたの?」 「何ゆえそう思うのだ?」 「だって……慣れてるみたいだったし」 「それを申すならば菖蒲も悦かったぞ」 思い出すことも憚られる自分の振る舞いを褒められて、もう目も合わせられなくなる。 「お、お、俺は……。とにかく夢中で……」「俺も同じだ。このように番うのは、今日が初めてだったからな」 思いもよらぬ告白に思わず顔を上げる。 「女は苦手だと話したであろう。突然寄りかかってきたり、贈り物を寄越したり……全く。何を考えているやら分からんからな」 ……それって、モテてるってことだと思うんですけど。これだから無自覚イケメンは。あからさまに膨れると、何を勘違いしたのか頭を撫でられる。 「心配せずとも、俺はお前だけだぞ。菖蒲」 この大真面目な声で囁かれると、もう何でもいっか、という気になってきた。だってこの男はこんなにも俺に夢中なんだから。
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