第三章

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それからは、寝ても覚めても隣に梗太郎がいて、「もしも」のストーリーを生きてるみたいな日々を送っている。でもこれは紛れもなく、俺が自分の手で選んだ現実だ。 家族として生きても、子供は望めない俺達だけど、寺子屋の子供は自分の子も同然だ。俺達には、これからも何百何千と子供が増えていくと思うと誇らしい。この時代に生きると決めた俺にできることはただ一つ。江戸の子供達に教育を届けること。そして未来が少しでもいい方向に動くように努めることだ。 「じゃあ、行きますよ。御破算に願いましては……」 その掛け声と共に、子供たちは目を輝かせてそろばんに向かう。一斉に珠をゼロにする音が教室を駆け抜けた。横を向くと、俺だけに微笑む恋人の目に、胸を撃ち抜かれそうになる。子供たちの前でそんな顔すんなよ。でも、そういうところも、堪らなく好きだ。 こうやって毎日、俺の中で好きな梗太郎が一つずつ足されていく。二人で暮らせば楽しいことと食費は掛け算で、しんどいことと布団はずっと二等分。たまに喧嘩して引き算することもあるかもしれないけど、この気持ちを御破算にすることなんてできない。 「あ、師匠。また菖蒲先生のこと好色そうな目で見てたでしょう!」 「ばれたか……御明算!」 「こらっ! ちゃんと暗算に集中しなさい。梗太郎も……」 「菖蒲先生だって、師匠の笑顔に惚れ直してたくせに」 やれやれ。なかなかどうして、御明算だ。 完
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