第二章

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「師匠、御髪をどうされたんですか」 「これか? うむ、まさしく今紹介するこの新しい先生に結ってもらったのだ。似合うか?」 「うーん、ヘンテコです」 「おいらもそう思う」 「佐吉もそう思うだろ」 「うん」 畳の上に並んだ文机に、年齢はバラバラだが小学生くらいの子供が四人。その全員にヘアアレンジを全否定されて、俺よりなぜか梗太郎が落胆している。 「そうか……そうか……」 出鼻をくじかれて、完全にやる気を失ってしまっている。意外と他人の評価を真に受けて気に病むタイプだな。 「えっと、生徒って、もしかしてこれだけ?」 「……そうだ」 「今日休みとかではなく、全部で四人?」 「…………そうだ」 首を垂れて、このまま地下にでも潜っていってしまいそうだ。話題を切り替えようとして、完全に方向をミスってしまった。 「人気ないのよね。この寺子屋」 「だって先生、そろばん教えるのへたくそなんだもの!」 あ、やめてあげようか。それ追い打ちをかけてるから。江戸の子供、煽りスキル高いぞ、などと感心して見ているうちに、梗太郎の堪忍袋の緒が切れてしまった。 「減らず口ばかり叩きおって! お前らがまじめにやらんのが悪いんだろう!」 「それをどうにかしてくれるのがお師匠でしょう」 痛恨の一撃。子供の素直な意見が一番強い。遊郭ではあんなに立派に啖呵を切った男が、七、八歳の子供にしてやられている姿はなかなか見ごたえがある。 「……でもおいらたち、先生好きだよ」 「面白いし、剣術も教えてくれるし、男前だし」 やりすぎたと気づいたのか、手のひらを返して機嫌を取り始めた。しかし大の大人、しかも侍が、こんなあからさまな対応で機嫌が直るわけがないだろう。 「そうか。師匠は鼻が高いぞ。ほら、聞いたか菖蒲。な?」 直るんですね。扱いやすくて何よりだ。何だかこの人とうまくやっていける自信が持てた。それにしても、この時代に子供達とここまで強い信頼関係を築けているのは、やはり人徳の致すところなのか。梗太郎の根の優しさや素直なところが、人の感情に敏い子供に伝わっているのだろう。 しかしそんなことを言ったら、それこそ天狗になってしまいそうなので心に秘めることにした。 「というわけで、今日から師匠のお手伝いをします。佐竹菖蒲といいます。そろばんなら任せてください。よろしくお願いします」 頭を下げると、矢継ぎ早に子供達の質問が降りかかった。 「はい! 菖蒲先生はお侍なの?」 「違います。実はちょっと前まで、吉原の女郎でした」 「おい、菖蒲」 「えぇ⁉ 菖蒲先生はおなごなのですか?」 「やっぱり! 器量よしだもん」 「師匠と菖蒲先生は、めおとなのね!」 「祝言は?」 「赤ん坊は?」 ここまで来るともはや清々しい。確かに男二人で暮らしているのは、この時代ではおかしいのか。ならいっそ女ということにしてもいいか。いやいやダメだろう。何を考えているんだ、俺は。連続して起きる不可解な事象のせいで、頭がバグってきたんだろうか。 「違う! 菖蒲は正真正銘の男子だ。俺の妻などではない」 ぴしゃり、と戸を立て切られた気がした。当たり前のことを言われただけで、なぜ今、胸がちくりとしたのだろう。 「くだらない話はやめにして。そろばんの先生のお手並み拝見といこうではないか」 「……はい。ではまず、皆の今の力を見せてください。御破算に願いましては……」 筆で書かれた教則本の漢数字を読み上げる自分の声が、妙に遠いところから聞こえた。
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