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"鹿野"と呼ばれた教諭は、影斗の前にコーヒーを置き、同時に一枚のコピー用紙を差し出した。
「ねぇ、せっかく早くから学校来てるんだしさ、コレ出ていかない?」
「…入学式…新入生歓迎式典?」
差し出された用紙を受け取り、影斗はさらっと目を通し始める。
「っへー、今日ってそんな日だったんだ」
「そうなんだよ。君ももう最上級生だよ? …在学中に一度くらい出席してみたら? 記念にさ」
「…自分のもまともに出てねぇのに?」
ぷっと噴き出すと、ひらりと用紙を鹿野へ投げ返す。鹿野は慌てて手を差し伸べ、白刃取りするように受け止めた。
「こんなん、俺出たって邪魔になるだけじゃん」
「そんなことないって。君同級生とすら疎遠じゃない? 最後の一年くらい、他の子と関わってみなよ。後輩も含めてさ」
「手塩かけて育てた良い子ちゃんが、不良になっちゃうよ?」
「僕は君と話してて楽しいけどな。ずっと年下なのに僕がやってない事沢山経験してるし、すごく興味深いよ」
「……」
歳不相応に無邪気な笑顔を向けてくる化学教諭に、影斗は少し照れを隠すように鼻で息をついた。
「いや本当にね、今日は是非出席してくべきだと思うのよ。ちょっと例年と違って、面白いことになってるんだ。面白いっても、教諭陣の間でだけなんだけどね」
そういうと、鹿野は椅子ごと影斗に接近し、先ほどの用紙を指差しながら影斗に見せる。
「新入生挨拶…」
「そう、注目は新入生代表の挨拶。ここはいつもは高等部一年の内部生があてられるんだけど、今年は異例で外部生が選出されてるんだ」
「…内部生って、中等部からの持ち上がりの奴らだっけ?」
「そうそう、うちの学校大体内部生だけど、毎年一割くらいは鬼難と名高い一般入試から採ってるんだよね。…君は外部生だったよね!」
「…まぁ」
そういういきさつから外部生の優秀さが解っている鹿野は、冷めた顔をする影斗ににこりと笑う。
「代表に選ばれるような子は、進学考査でトップだったり中等部で生徒会役員だったりするし、僕ら高等部の教員や式運営委員にも気心が知れてるから何かとスムーズなんだよね。
…ただ今年は、外部入試で歴代トップと並ぶスコアを取って、内申も優秀な成績を修めている外部生がいたとかで、例外的にその子にやらせてみようってことになったらしいんだ」
興味なさげな視線を送る影斗だったが、鹿野は嬉々として一方的にしゃべり続ける。
「何しろ慣例に沿わないことだから、古参の先生方の間では賛否あるみたいだけど…、内部生にも一部にリークされちゃって、今校内でも噂になりつつあるね。なんにせよ、みんな興味津々なんだ。
しかもさ、僕も式のリハーサルに来た彼を一度見かけたんだけど――」
と、鹿野が興奮気味にトーンアップしたところで、準備室のドアが開かれ、影斗がぬるっと退室する。
「って、興味0!? ちょっと、式はー!?」
「どーでもいいよ、そんなの。俺今更学校に浸かるつもりねぇし。…教諭陣だってそう思ってるでしょ」
慌てて呼び止める鹿野へ振り返り、影斗はにやっと笑ってみせた。
「コーヒーごっそさん」
そう一言だけ言い残し、準備室のドアが閉じられる。そのままあっさりドアから人影が消えると、腰を浮かしかけた姿勢で止まっていた鹿野は一気に脱力し、がくりと椅子に身体を落とした。
「も~…、…失敗」
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