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そしてさらに数日が過ぎた放課後、その日の授業を終えた鹿野は最終コマを受け持っていた三年クラスの教室を出、業務日報を提出しに職員室へ向かっていた。
他教員らと顔を合わせることに面倒臭さを感じつつ、あくび混じりにダラダラ廊下を歩いていると、三年生らしからぬ小柄な生徒が前方を一人で横切るのが視界に入った。
はたと立ち止まり、交差する方へ消えていくまで目で追った後、何年振りかのダッシュで追いかける。
「たっ…髙城!」
鹿野の呼ぶ声に振り返った蒼矢は、ぺこりと会釈する。その可愛らしい仕草に胸を撃たれてから我に返り、鹿野はややしどろもどろになりながら続けた。
「ええとっ、僕は化学の――」
「鹿野先生ですよね。存じています」
「あ、知ってるんだ! さすがだなぁ…って、そうじゃなくてっ」
「?」
きょとんとする蒼矢に見守られつつ、鹿野は辺りを見回す。幸運なことに、この場が見えるだろう範囲に生徒及び教員の姿は無い。
内でガッツポーズを決め、鹿野は立ちんぼの蒼矢にずいっと近付き、その両肩に手を置いた。
「…丁度良かった、君に頼みたいことがある。化学準備室へ来てくれないか?」
「先生、この器具一式はこちらの棚でいいですか」
「そう、そこでいいよ!」
蒼矢を伴って足早に三年棟を離れた鹿野は、職員室を無視して別棟にある化学準備室へ戻っていた。
頼みがあると声をかけたものの、単なる口実でしかなかったため準備室へ向かいながら即興で用を考え、丁度授業が続いて少し散らかっていた準備室内の器具棚の整理をやって貰うことにした。
てきぱきと作業を進めていく蒼矢の姿を眺めながら、鹿野はその飲み込みの速さに舌を巻いていた。
「終わりました」
「いや、早いね! 助かったよ、ありがとう」
蒼矢の整理が終わるタイミングで鹿野はコーヒーを淹れ、促された椅子に座った蒼矢にカップを差し出した。
「あはは、こんな劇薬まみれの部屋で出すもんじゃないよね」
「いえ、頂きます」
…あ、飲めるんだ…意外かも。
特に気にする風もなく美味しそうにすする蒼矢の姿を見て、鹿野はこの眉目秀麗な優等生に対し思い描いていたイメージとのギャップに、良い意味で虚を突かれていた。
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