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「――おい」
背後から呼び掛けられ、事務棟へ入りかけていた件の生徒が振り返った。
声を掛けるまでに幾分か呼吸を整えていた影斗は、立ち止まった彼にニッと笑いかけ、ゆっくり近付いていく。
「えーと…お前、新入生?」
「…はい」
振り返ったその生徒の顔をはっきりと確認し…影斗は再び固まって――否、見惚れてしまった。
…これほどの美人に、男女含めて今までに出会ったことがあっただろうか。
制服を着ていてかろうじて"男子"だと認識できるくらいで、声色を聞かなければ"男装している女子"と間違われても文句は言えないだろう。
透き通るような白い肌に、形の整った小さめの唇。さらさらと風に流れる焦茶の髪と、その間からのぞく涼やかな目元。長い睫毛の奥にある薄茶色の大きな瞳が印象的だった。
「あの…何か?」
双方見合ったまま少し沈黙し…怪訝な面持ちになる彼に声をかけられて影斗は我に返り、すぐに笑ってとりなす。
「あぁ、いや。…ちょっと聞きたいことがあってさ」
「はい、何でしょうか」
本当のところは別段用は無い。ただ、呼び止めて顔を正面からちゃんと見てみたかっただけなのだが――ふいに、影斗の頭の中に邪な憶測がよぎる。
…ここは、男子校なのだ。
勘の鋭い影斗は、視線や仕草、言葉遣いでその人間の趣味嗜好がなんとなくわかる方だ。
在校生との絡みは薄くとも、この中高一貫の男子校にそういう方面の生徒が一定数いて、女子がいないならではの"男子の園"がいくつも作り上げられていることを知っている。
それを踏まえて、影斗は目の前の可愛らしい彼がここにいる理由を推測した。
これほど人目を惹くビジュアルなら、これまでの二年間で間違いなく存在に気付いているはずなので、恐らく外部生なのだろう。つまり、"男子校"を選んで入学してきている。
一見、そういう趣味があるようには見えないが――逆に、女に飢えた男子生徒を狙って入学してきた可能性もある。
そういう、これまた男子校ならではといったハーレムも現に存在する。
「お前さ…彼女とか、いる?」
「!? っいえ…、いません」
唐突過ぎる質問に、男子生徒は動揺しながらも正直に返答する。
予想通りの回答に、影斗は内でほくそ笑む。
…大事なのは、次の質問だ。
「じゃあさ、彼氏は?」
すると、恥ずかしげに下を向いていた男子生徒の目がわずかに見開かれ、一瞬動きが止まる。
ついでぐるっと踵を返し、影斗の問いには答えないまま、元々向かおうとしていた事務棟へ足早に歩を進め始めた。
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