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…――えっ。
「…っおい、待てよ」
急な予想外の行動に、影斗はあわてて追い、彼の前に回り込む。
「どいて下さい。もうあなたと話すことはありません」
そう言いながら自分を見上げる彼の表情に、影斗はまたしても釘付けになってしまった。
大きな眼鏡をかけ、ネクタイをきっちり締めたいかにもな真面目風で、ぎりぎり160cmあるかないかくらいの小柄男子が、180cm近い上背の不良体へ真正面から睨み上げてくるのだ。
口元は真一文字に結ばれ、幼さの残る面立ちから不釣り合いな鋭い眼光が注がれる。
「……悪かった。変な質問した」
少し間をおいて、影斗は素直に謝る。
態度には出さないようにしたが、内心彼の剣幕に圧倒されていた。
「…怒った?」
「当たり前じゃないですか…! 初対面でする質問にしては、失礼過ぎます。…通して下さい」
「聞けって。失礼だったかもしれねぇけど、からかったつもりはねぇんだ」
「じゃあ、どういうつもりだったんですか?」
脇を通り抜けようとする自分をなだめる影斗を、男子生徒はなおも眉をいからせて見上げてくる。
「…興味、が湧いたから」
「……」
少し口元を緩ませ、緊張感に欠ける表情を浮かべながらそう答える影斗を見、怒気が冷めてしまったのか彼は息をつき、視線を外す。
彼の動きが止まったのを確認し、影斗は改めて声を掛けた。
「俺、三年の宮島 影斗。…お前は?」
「…髙城 蒼矢です」
「……!」
影斗は、ついさっき鹿野に見せられた今日の式典プログラムを思い出す。
鹿野が目玉と言った『新入生代表の挨拶』脇に、小さく手書きで書かれていた名前。
同姓同名はそういない。目の前にいる彼が、"例外の外部生"なのだ。
…成程ね…
「――もう行っていいですか?」
「! ん、ああ」
そう男子生徒――蒼矢から小さく声をかけられ、ややうわの空になっていた影斗ははたとして道を譲る。
その時には既に蒼矢の表情からは怒りが消え…静かながらも、内の不快感を表したような視線を影斗へ送っていた。
「…っ……!!」
全く好意的でないその上目遣いの二重に、影斗はぞくっとするほどの色気を感じた。
影斗は今まで抱いたことのないほどの興奮に駆られていた。高揚を抑えきれず、どんどん顔が熱くなっていく。
…なんだこいつ…、こんな可愛い顔してんのに、さっきっから愛嬌の欠片もねぇ表情しまくりじゃねぇかよ…!
…そんでもって、この色気は何? 女相手だって、こんな一発で悩殺されたことねぇぞ…!?
…すげぇ面白いじゃねぇか…、過去一で、アガるっ…!!
前を開けられると、蒼矢は影斗から視線を外し、黙ったまま歩き出す。
「――おい!」
数歩行ったところで影斗は呼び止め、蒼矢は少し振り返る。
「…代表挨拶、すんだろ。頑張れよ」
「……!?」
その物言いに、冷ややかだった蒼矢の目が大きく見開かれ、驚愕の表情に変わって向き直る。
「…っなんでそれを…」
それには答えず影斗はニッと笑い、蒼矢に近付くと固まったままのその肩に手を置く。そして空いてる方の手で彼の眼鏡を外し、顔にそっと唇を寄せた。
「――。」
完全に動けなくなった蒼矢の胸ポケットに眼鏡を差し込むと、影斗は肩をポンポンと叩いて離れていく。
「またな、蒼矢」
軽く手を振りながら、ささっと視界から小さくなっていく影斗の背中を、蒼矢は呆然と眺めていた。
「……なんだ、あの人…」
頬に手を当て、そう小さく呟いた。
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